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 林には見たことの無い植物ばかりが成り、虫が飛んでいました。

 苔を食べてきたカエルは旅の中で何種類も見たことの無いものを食べ、食べれるものとそうでないものを見分けてきました。

「どれも美味しそうだな」

 いつもなら食べれそうなのはひとつかふたつですが、視界に入る植物は葉が柔らかく食べられそうなもの、甘そうな実を付けるもの。

 空腹から見境がなくなっているわけでもなさそうでした。

「食べて良いんですよ」

 カエルは背後から掛かった声に振り替えると、そこには小さなメスのカエルが居ました。

 黄色い身体に花模様のような柄。大きな瞳は星のようにキラリと光り、唇は濡れていて布ひとつ纏わぬ肢体。蛙だから当たり前ですが。

 メス蛙も、カエルの野性的な逞しさと動物的な優しさに惹かれていました。蛙だから当たり前ですが。

「君の名は?」

「アズサ……あなたは?」

「僕はカエル。周りに他のカエルが居なかったから。変な名前でしょう?」

 ピョンとアズサが跳ね、応えるようにカエルも苔の生えた御影石に集まります。ふたりだけの世界でした。

「カエル、素敵な名前だわ。男らしくて蛙らしくて、何よりあなたらしいわ」

 互いの大きな瞳に映る自分が相手と同じくらい真剣な面持ちをしていることに、二匹は想いを感じ合いました。

「……カエル!」

「アズサっ!」

 ひしっと鳥獣戯画に春を描いたように抱き合うふたりを引き剥がしたのは、カエルの腹の虫でした。

 蛙の腹の中に虫が居れば蛙は満腹だというご意見は正しいが、そういう言葉なのです。

 笑い合いながら、二匹は歩き出しました。



 アズサは云いました。ここは蛙の楽園だと。

 常春の気温に夏の食料に、秋の清々しさ、冬は短く食べ物も豊富で寝ない者も居るほど。

 外の世界では天敵がいるものですが、この島で蛙を食べられる動物は大型の蛙だけ。

 しかも彼らは味の良い昆虫を好んでおり、他の蛙とは穏健な関係なのでした。

 蛙たちは、この島を歌蟇聖域(ゲロンティア)と呼んでいるとアズサは云います。

「ここは争いもほとんどない世界なの。外からは……カエルも()ったと思うけど、嵐が守ってくれる」

「アズサも外から来たの?」

 アズサは頭と胴体の付け根のくびれ、首を振りました。蛙ですから。

「私は代々、この島で暮らしてきたわ。お父さんは良いダンナさんをと云っていたけど……必要ないわね」

 カエルの右前足を愛おしそうに抱くアズサ。カエルは多少の違和感を感じつつも可愛らしい道案内付きの未知の島に興味がありました。

「この島は? どれくらい大きいの?」

「蛙が幸せに暮らせるくらい」

「何匹くらい居るの?」

「調べる(ひと)居ないわ。何もしなくても皆が幸せなんだもの。これが薬草の木よ」

 アズサはスルスルと、というか、ペタペタと木に登り、慣れた様子でカエルのキズに薬草を充て(わら)の包帯を巻きました。

「お腹空いてるでしょ?」

 再びカエルの前足を抱きしめ、ピョンピョコピョンとアズサは、カエルを背の低く木の実の成った木に案内しました。

 カエルは驚きました。島の外では落ちたリンゴやナシに潰されてしまう蛙も多いというのに、この島の木の実はどれも小さく、当たっても潰されることは無さそうなのです。

 更にカエルをビックリさせたのが、その木の実は赤や青に紫、黄色にピンクに、カエルが名前の知らない色の実でいっぱいでした。

 ふたつとして、全く同じ色はありません。

「どれも美味しいけど、私は甘いピンクの実が好き」

「色で味が違うんだね」

「ええ。だから似た色のは似た味だけど、同じじゃないわ。だからずっと食べていても飽きないの」

 勧められるままにカエルの食べた木の実は、なるほど、とても甘かったのです。

「誰かが育ててるの?」

「いいえ。勝手に育つの」

 正に楽園でした。すれ違う蛙は全て幸せそうで、交通事故や干からびて死ぬこともないのです。

「蛙が増えすぎたりしないの?」

「ああ、外では何十匹も一緒に産まれるのよね。ここでは一度の、その、営みで……一匹しか産まれないのよ」

 頬を赤らめてプクゥーと膨らませながらアズサはカエルの包帯に包まれた前足をさすります。

 カエルはこの島の奇妙な謎に気が付き、そしてそれが何を意味するのか、なんとなく答えが見えていました。

 嵐で蛙だけ通され、餌に困らず、蛙が増えすぎることもない。

 しかしながら、そのことをアズサは気が付いておらず、幸せだと云うのならば、突き付けるべきでないことも理解していました。

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