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ドリームウォーカーズ  作者: 史郎アンリアル
ドリームウォーカーズ
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クリスマスの灯

 要するにクリスマス回です。(クリスマスである必要性は……?)

 厨房からさらにもう一つ扉を開けた先の小部屋。そこには先ほどグレースが見せたものと同じ、火の点いたマッチ棒が無数に立ててあった。

 それ以外の明かりがないせいか部屋自体は薄暗かったが、その異様ともいえるマッチ棒の数に、ジルは昔本で読んだ魔法の儀式を思い出した。

「気が付いたら、あたしは何もない場所にいて、目の前にマッチの箱が出てきたの。その時はちょっと寒かったから、あったかくなりたいと思ってマッチに火を点けたら、大きな暖炉が出てきたの。あたしはすぐにこのマッチが願いを叶えるマッチだって気付いたわ。だからどんどん火を点けて、たくさん願いを叶えてもらってた」

 グレースが自分と同じ境遇の人間であることに、ジルはとっくに気付いていた。しかしその力が、マッチを介してしか使えないという彼女の特徴が、ジルにはよくわからなかった。

「でもマッチが最後の一本になった時、あたし思いついたの。最後の一本を使ったら、次の箱を出してもらおうって」

 自分の欲望に忠実な子供らしい願いだと、ジルは思わず笑ってしまった。

 しかし、グレースの表情は話を続けるごとに暗くなっていく。

「そうやってこの町を作って、人もたくさん出してもらった。おいしい食べ物もいくつも食べられるし、好きな時に雪を降らせて、クリスマスがやってくる。でもあたしはまだ寂しかったの。なんでだろうね。何でも願いが叶うのに」

 なるほど、先ほど客が全員自分を狙った時も、彼女がマッチを使って願いを叶えたのだ。おそらく自分を攻撃する者を攻撃しろと。これでようやく一連の異変に、ジルは納得した。

 そして同時に、彼はグレースの寂しさの理由にも気が付いていた。

「そりゃお前、全部お前の夢だからな」

 グレースが驚いたように目を見開いた。

「……何で、知ってるの?」

 ジルは得意げにフンと鼻を鳴らす。

「俺だってそうだからな」

 その言葉を聞いた瞬間、グレースは大粒の涙を流して盛大に泣き始めた。

「おいおい泣くな。今日二度目だぞ、こーいうの」

 立ったまま泣くグレースの頭を、ジルはしゃがんで優しく撫でた。そしてその泣き声を聞いて決意した。彼女が無事に夢から覚める方法を探そうと。

 この世界は夢だ。頬をつねれば痛いし、躓けば簡単に転んでしまう。とても現実的だが、夢であることに違いはない。ジルは木陰で目を閉じた後、次に目を開けた時にはこの世界にいたのだから。

 白雪姫は死ぬことでこの世界から消え、彼女の夢であった部分も崩壊した。しかしそうすることで夢から覚める保証は、現実の体が無事でいる保証はない。何かあるはずだ。確実にこの世界から抜け出す方法が。実際のところジルはこの世界に生き続けるつもりだったが、自分の目の前で夢の虚しさに泣く少女のために、その方法を探すことを決めた。

「安心しろ。俺とアリスは……、ダイナの飼い主はお前の夢じゃない。どっちも別の夢だ」

「本当に……?」

 グレースは泣きじゃくりながら聞く。

「ああそうだ。だからお前はもう寂しくない」

 ジルが立ち上がるのとほぼ同時に、グレースは涙を拭いて泣き止んだ。


 人の生き方というのは、それが始まった時の環境によってほとんど決まってしまう。

 ジルは孤独な現実からこの世界に来て、アリスと出会うことができた。それはもしかしたらとても幸せなことだったのかもしれない。

 グレースがこの世界を寂しいと言うのなら、きっと現実の彼女は今よりも幸せだったのだろう。ならば、彼女こそ現実に帰るべきなのだ。きっとマッチを介してしか叶えられない彼女の願いは、現実に帰りたいという、マッチを使っても叶うことのない願いのせいだったのだろう。少なくともジルは、そう考えた。


  ◆◆◆


 二人が厨房から出ると、アリスがダイナを抱えてほかの客と話していた。どうやらグレースの危機が去ったことで、警戒が解かれたのだろう。その様子は、ジルがこの店に入った時の状態と大して変わらなかった。

 しかし、ジルの顔は暗かった。これからアリスに、ダイナの真実を伝えなければならないからだ。それは、アリスがこの世界に来てから最も会いたがっていた者が、偽物であることを意味していた。

「あ………」

「アリス!」

 なかなか言い出せないジルに代わって、グレースがその名を呼んだ。

「ああ、二人ともどこに行ったのかと思ったよ」

 振り向いたその笑顔は明るく、これからそれが失われることを考えると、ジルは何もできなくなった。

「行こう」

 不意に差し出したグレースの手を、アリスは優しく握る。その中には、まだ火の消えないマッチ棒があった。

 アリスはダイナと再会した時、グレースの話を聞いていたのだ。そしてたった今渡されたマッチ棒によって、すべてが証明された。

 アリスは、もう理解した。

 そして二人は何も言うことなく、手をつないだまま店を出た。

 ジルは、しばらくしてから自分の席に置きっぱなしだった荷物を取り、店を出ようとした。しかし、彼のテーブルにはまだ残っているものがあった。

 食べ終わった後の皿と、まだ手を付けていないシチューの皿。

 グレースの願いによって作られたであろうそれは温かく、どこか懐かしく、それゆえに悲しい味がした。

 ジルは最初の数口だけ、それに感動しながらゆっくりと食べていたが、先に店を出た二人のことを思い出すと、残りはそうもしていられなかった。


「おう、待たせたな」

 ようやく元気を取り戻して店から出たジルを、二人の少女は近くの路上のベンチで待っていた。

 アリスはなぜか暗い顔をしていたが、グレースは彼を明るく迎えた。

「シチュー、美味かったぜ」

 ジルは一言だけ礼を言うとグレースの肩を軽くぽんと叩き、アリスを呼ぶ。

「おい、いつまで座ってんだ。腹が冷えないうちに行くぞー」

 その声でようやくアリスは立ち上がった。

町を出る道の途中、アリスはジルに近づき、グレースに聞こえない小声で聞く。

「彼女のこと、聞いたの?」

 どうやらグレースは今まで、あの小部屋でした話をアリスにもしていたのだろう。

 ジルも同じくらいの小声で答える。

「ああ。これからあいつを帰す方法を探す」

「本当にそれでいいの?」

「ん? どーいうことだそりゃ」

 アリスの声が、さらに暗くなった。

「ジルは、それで寂しくならないの?」

 その質問で、ジルはようやく気が付いた。

 もし確実に現実に帰る方法を見つけてしまったら、もしその時にアリスが現実に帰りたいと願ったら、ジルはまた一人になってしまう。それはこの旅で手に入れたすべての感情を手放すことと同じように思えた。

 そしてそれは、ジルにとって最も悲しく、辛い選択だった。

 それでもジルは、その考えられない疑問を笑ってごまかした。

「なんだ、そん時はそん時だ。もしかしたら俺以外にもこの世界に残りたいって奴がいるかもしれねぇしな」

「……そう」

 アリスはそれ以上追及することをあきらめた。

「そんなことより次だ次! お前はこの世界を知るためにここまで来たんだろ。だったらちゃんとそれを果たして、白の女王にたっぷり土産話を用意しとかねぇとな!」

 わざとらしく明るく振舞う不思議な男に、アリスは思わず笑ってしまった。

「そうね。こうしてダイナにも会えたんだし、へこたれてなんかいられないわよね」

「おっ、お前もわかってきたじゃねぇか」

「ンニャッ」

 威勢よくアリスの背中を叩こうとするジルの手を、彼女のリュックから顔を出したダイナが止めた。今はこれでいいのだ。アリスにとってのダイナは、きっとこの猫で合っているのだと、ジルは口から吐き出しそうな不安を飲み込んだ。

「ねえ、ところで白の女王って誰?」

 そして二人に完全に明るさを取り戻したのは、グレースだった。

「そっか、お前ここの出身だから知らねぇんだよな。俺らの国は面白いぞ~。なんせついこないだまで赤と白なんてめでたい色に分かれてバカみてぇに戦争ばっかしてんだからな」

「フフッ、何それ変なのー」

「お前にもいっぺん見せてやりてぇもんだな。まー今は白の女王が統治してるだろーけど」

 そう、今の彼らに比べたら、夢の中で勝手に起こっている戦争なんて小さい話だった。


  ◆◆◆


 グレースが願った町、グレースが願った店、グレースが願った客。それらはすべてグレースが町を出ることで消えた。しかし、その何もない空間で、三枚の紙が風に舞っていた。その内二枚は紙幣で、もう一枚の紙きれには、「アリスの分も」と書かれていた。


 何もかも消えたはずの場所で、見知らぬ筆跡のメモを拾う人影が一人。

「アリス……。アリス。ようやく見つけた」

 人影がにやりと笑い、大きなシルクハットをくいと被り直す。

「もう君を、逃がしはしないよ………」

 その言葉とは裏腹に、彼は鼻歌を歌いながら陽気に杖を振り回し、濃い緑色の燕尾服をはためかせて立ち去った。


 そう言えば今の世界が夢だと知ってて現実に帰る方法ってあるのでしょうか? もしあれば寝坊の心配がなくなると思うんですよ。

 今回はグレースの力で冬っぽくなっていましたが、実際はどんな季節なんでしょう? そもそも夢に季節があるのか……設定との戦い第二弾が始まりそうです。

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