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ドリームウォーカーズ  作者: 史郎アンリアル
ドリームウォーカーズ
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幻想ダイナ

 猫派の皆様、お待たせしました。ここまで所々で出てきたダイナがようやく本格的に登場します!

 そのうちギョーザ回も……無いか。

 少女は孤独だった。

 少女は疫病によって両親を失い、唯一の家族だった祖母も数週間前に老衰で帰らぬ人となった。

 少女は何としてでも生きるべく、生活の役に立つ物、換金できる物をすべて持って都会に出た。

 しかし、ついにほとんどの物がまともな金額では売れず、彼女の手元には数本のマッチしか残されていなかった。

 クリスマスの夜、寒さと寂しさを凌ぐために、少女は最期の願いを賭けてマッチに火を点けた。

 それが、名もなき「マッチ売りの少女」の、あまりにも短い物語である。


  ◆◆◆


 人間以外の生き物が夢を見るはずがない。

 少なくともジルはそう思っていた。夢とは、人間の発達した脳による異常なまでの思考能力がもたらすものであり、人間以外の生き物が、ましてや猫などという本能に満ちた者が見られるはずがないと。

 それでも、アリスは確かに見た。そしてこの世界にいるはずのない、自分の猫を追い続けた。

「おい、勝手に走るな! 猫なんてどこにいるんだよ!」

「すぐ目の前よ! 追いかけないと見失っちゃう!」

 アリスはしだいに切れ始める息をなんとか続けながら、彼女と一定の距離を置くようにして走る猫を、ダイナを見失ってはならないと、ただひたすらに走った。

 ジルは別に目が悪いわけではないのだが、アリスの追う猫の姿が見えなかった。だが彼にとって何よりも危惧すべきは、ここでアリスを見失うことである。見えない猫を追いかけるアリスの背中を、彼は見失うまいと走り続けた。


 どのくらい走っただろうか。ここまでずっと直線の道を走っていたダイナが、突然左に曲がった。その先には、オレンジ色の柔らかい光を灯す家があった。そこにまっすぐ入った猫を、アリスは見逃さなかった。

「ジル、あの家よ! ダイナはあそこに入った!」

 しかし、この状況下でもジルは冷静だった。必死でダイナを追っていたアリスよりも早く、その異変に気付いたのだ。

「家……? もう国を出たってのか?」

 ここでようやくアリスも気が付く。

「そういえば、なんだか寒いわね……」

「そりゃもう夜だからな………。夜?」

 明らかにその状況は一変していた。アリスが走り出してから、ジルの計算でも十分は経っていないというのに、先ほどまで日が差していた空には無数の星が光り、程よい暖かさだった空気は突然冷え、そしてすべてが崩壊したはずの町は、何事もなかったかのように皆厚着をして、その夜を楽しんでいたのだ。

 二人はすかさず後ろを見た。しかし、つい先ほどまで走っていたはずのがれきの道には、どこまでも明るい商店が続き、その奥にはカラフルに輝く巨大なクリスマスツリーがあった。

 そして雲のない空から粉雪が降り始めた頃、ジルはアリスの話を思い出した。

「気をつけろ。さっきの国があいつの夢だとしたら、この町もすでに誰かの夢の中だ」

「……わかったわ。気をつける」

 もしかしたらこの先に、白雪のような人物がいるかもしれない。そう思ったアリスは一瞬立ち止まったが、ダイナを探すため、恐る恐るペット用の入り口が付いた扉を開けた。

 二人が入ったそこは、ごく普通のレストランだった。内装はすべて赤白緑のクリスマスカラーに彩られ、ほぼすべての席を埋め尽くす客は、皆プレゼントのような箱を交換したりして、とても明るい雰囲気に包まれていた。

 この状況で小さい猫を探すのは難しいと判断したジルは、とりあえず空いている席に座って、店員に尋ねることを身振りで提案する。アリスはそれに無言でうなずき、店内奥の、厨房に近いテーブル席に座った。

 その途中、アリスはさりげなくダイナを探したが、店内の暖かさと、辺りに漂うシチューやスモークターキーの空腹を誘う匂いであまり集中できなかった。

「メリークリスマス。ご注文は何になさいますか?」

 二人が座るのをうかがっていたかのように、すかさず店員、というよりかはその家族と思わしき少女が現れた。短い黒髪で見た目ではアリスよりやや年下、もしかしたら同い年なのかもしれない。ジルにとって、ウサギの耳のようなカチューシャ付きで覚えてしまったアリスの姿は、あまり正確な基準にはならなかった。

「ああ。とりあえず高い物から……」

「コホン、シチュー二つ」

 考えもせず言い放ったジルを、アリスがぎりぎりのところで制した。

「はい。かしこまりました」

 少女がにこりと笑って立ち去るのを見てから、それまで同様の笑顔を浮かべていたアリスの目が、ジルを突き刺した。

「あなた、もしかして食い逃げ常習犯?」

「たまに町に行ってたからな……。バレた?」

 苦笑いでごまかそうとするジルに、アリスはあきれた。

「まあそんなことしそうだなとは思ってたけど」

 不機嫌そうに目をそらすアリスに、ジルはその未熟さを見た。

「いいかアリス。こーいうちょっと高級ぶった店ってのはな、意外に守りが甘いんだ」

「そうだとしても、いまどきあんな古典的なやり方に引っかかるお店なんてないわよ」

 身を乗り出して顔を寄せるジルを、アリスは足で椅子を下げることで遠ざけた。

「いい? あなたは逃げる気満々かもしれないけど、私はダイナを探しに来たの。そこちゃんと忘れないでよね」

 アリスはしばらく腕を組んで、ジルと目を合わせようとしなかった。

「っあーもうわかったから、機嫌直せ。ほら、シチュー代は俺が払うから」

「……約束よ?」

「……ああ」

 ジルが破産の危機を考えた時、厨房から先ほどの少女の声が聞こえた。

「大丈夫だって! これくらいあたしが持てるよ!」

「いいのよ。やけどすると危ないから、グレースは鍋を見てなさい」

「おばあちゃんの方がやけどしそうなくせに」

 他愛のない家族の言い争いに、店内には和やかな笑いが溢れた。すでに酒の入った一部の客からは「持たせてやりなよー」という声も上がった。

 いずれにせよ、ここが平和な場所であるのは間違いない。笑いを隠す二人がそう確信した瞬間、その余裕は厨房から現れる姿によって粉砕されることになる。

「だから、あたしが持つって!」

 少女、グレースにしがみつかれるようにして現れたのは、ジルの祖母そっくりの老婆、いや、まさにその本人だった。

「ばーちゃん!」

 思わずジルが立ち上がる。当然客の視線は彼に集まるが、ジルの目には確かに、五年以上前に狼に食い殺された祖母が、まだ元気な頃の姿で見えたのだ。

 アリスはそれを見るより先に焦りを隠せなくなり、きょろきょろと目を泳がせていた。

 しかし、ジルの行動に気付いたグレースの目は冷たかった。

「何を言っているの? この人はあたしのおばあちゃんよ。しかもあたしは一人っ子よ」

「んだと……。わかったぞ。この町を作ったのはお前だな! どっかで俺のことを知って、俺のばーちゃんを見せて嫌がらせしようって魂胆か!」

「ちょ、ちょっとジル……」

 アリスが止めようとするが、ジルの怒りは収まらない。死者を蘇らせるなど、自然の中に生きるジルにとって、それは許されるはずのない節理への反逆なのだから。

 それもよりによって自分の祖母を見せつけられて、ジルが冷静でいられるはずがなかった。

「アリス、お前は目を閉じてろ。あいつが何者だかは知らねぇが、俺はあいつを一発殴らねぇと気が済まねぇ」

 ジルがグレースに歩み寄る。

「悪ぃな。シチューはお預けだ」

 その途中、一度だけアリスに振り向いて言ったジルだが、次の瞬間彼の手は、彼よりだいぶ背の低いグレースの胸ぐらを掴み上げ、もう片方の手は強く握っていた。

「やめて!」

 グレースが叫んだ。

 アリスはジルの一撃を止めようとして彼に手を伸ばしたが、異変はその周りの客に起きた。

 ジルとアリス以外のすべての客が立ち上がり、全方位からフォークやナイフを構えてジルを威嚇している。それも皆同じ体勢で、同時に行動を起こしたのだ。

 それを見てジルは確信した。

「やっと本性を見せやがったなてめー。だが運が悪かったな。俺らはたまたまこの店に入ったダイナっつー猫を探しに来たんだ。恨むならそいつを恨みな」

 その一言でアリスは冷静さを取り戻した。ジルの暴走で忘れかけていたが、今自分はダイナを探していたのだ。

 アリスは全員が立ち上がったことで隙間のできた床を見回した。しかし、探していた銀の毛並みは意外な場所にいた。

「さあ、歯ァ食いしばれ!」

 ジルがいよいよその拳を振り上げた瞬間。

「待って、あれがダイナよ!」

 アリスが指差した先、そこにはジルの、もしくはグレースの祖母がいた。

「「はぁ?」」

 覚悟を決めて目を閉じたグレースも、今まさに彼女を殴ろうとしていたジルも、ついにおかしくなってしまったのかとアリスを見た。

「こんなところにいたのね。おいでダイナ。私よ。アリスよ」

 アリスがしゃがんで両手で迎え入れるように構えると、老婆はゆっくりとその方向に歩き出し、た。そしてその姿は煙のように霧散し、瞬く間に銀色の猫になった。

「やっと会えた! 信じてたわよ。ダイナなら私と同じ夢を見られるって!」

 つい先ほどまで老婆の姿だった猫をアリスは抱き上げて、思い切り頬を擦りつける。一方猫も嫌ではない様子で、ゴロゴロとのどを鳴らしていた。

 ジルは自分の目を疑った。

「どーいうことだ……。お前まさか、夢の力で俺のばーちゃんを!」

「いや、そうじゃないよ」

 突然ジルから解放され床に落ちたグレースは、何度かせき込んでから彼のズボンを握って、アリスに掴みかかろうとする体を止めた。

「きっと、これのせい」

 グレースはポケットから、火の点いた一本のマッチ棒を取り出して見せた。ジルはすぐにその不自然さに気付いた。それがポケットの中に入っていたなら、その火は消えるか、服に燃え移るかするはずだ。しかしそのマッチはあたかもたった今こすったばかりのように、小さく赤い火を灯していた。

「このマッチは、見た人が今一番会いたい人に会わせてくれるの。いままでこの町にはあたししかいなかったけど、人によって別の物が見えるみたいね」

 つまりこの場にダイナは存在せず、最初にジルが見た姿は彼が今一番会いたい祖母の姿に。そして今はアリスによって定義付けられたダイナの姿になっているのだ。

「そう、だったのか……」

 ジルはマッチの火については理解したものの、自分の祖母に会えた感動と、グレースに対する申し訳なさとが複雑に入り混じって、ついに近くの椅子にふらりと座り込んでしまった。

「ちょっと来て」

 一気に興奮が冷めて動かなくなったジルの腕を、グレースは容赦なく引っ張った。そして引きずるようにして厨房に連行する。

 店内には、ダイナにこの世界の話をするアリスだけが残された。


 人によって見え方が違う物ってよくありますよね。ダイナの姿を視点ごとに切り替えるのはかなり難しかったと思います。ところでシチューはどこへ……?

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