第三の女王
前世で会っていなければ初めまして。史郎アンリアルです。
なろう初投稿の作品なので、色々と至らぬ点があるかと思いますが、どうか温かい目で読んでいただければ幸いです。不備があればコメント等で教えてもらえると幸いです。
もうなんか前書きって何を書けばいいのかわからないので、ちょっと自己紹介を。
名称・史郎アンリアル
好きな食べ物・ココアシガレ〇ト
かつて、ある国では争いが絶えなかった。
武力による支配を図る王権派、赤の軍とそれに反対する庶民派、白の軍が日々激しい衝突を繰り返していた。
当然富国強兵を目的とする赤の軍が優勢になり、白の軍は壊滅寸前まで追い込まれた。
その時、「少女」は現れた。
「少女」は平和を望む白の軍につき、若くしてその天才的な戦術は、瞬く間に形勢を逆転。一晩にして白の軍を勝利に導いた。
ここまでが「アリス」の物語である。
◆◆◆
赤の女王の処刑後、赤白両軍の領地は白の女王が治める予定だった。
しかし、かつて赤の女王が鎮座していた玉座を獲ったのは、当時の白の軍最前線軍師、アリスだった。白の女王が赤の軍拠点に着いた時、すでに彼女は女王となっていたのだ。
「これは私の夢よ。私の世界なの」
彼女は白の女王に白の軍領の統治継続を指示。旧赤の軍領は新女王アリスによって、再び武力国家として独立しつつあった。
何も変わってなどいないではないか。そう思った白の軍は、再び反乱の旗を掲げた。
こうして始まった白の軍対旧赤の軍、通称アリス軍の衝突が、「第三の女王戦争」である。
かつての赤白戦争における圧倒的な戦績から、アリス軍の勝利は誰にでも予測できた。しかし、この戦いにおいてアリス軍は、予想外の敵に苦しめられることになる。
白の軍が敵地に送り込んだスパイ「赤ずきん」。名もなき小隊の彼らは、いつしかそう呼ばれるようになっていた。
アリス軍第四中隊。その役目は主に拠点となる城周辺の警備巡回である。彼らは日が沈む前に第五中隊と交代し、役目を終えた中隊の一人がアリスに報告に行く決まりだ。
この重要防衛ラインともいえる中隊にも、すでに赤ずきんの手が回っていた。
城内玉座の間。第四中隊の若き新兵ジルは、大きな銃剣を、大理石のチェス盤のような床に突き立てて待っていた。しばらくすると、奥の扉が開き、赤に所々黒の模様が入った鎧の兵士(普通の兵は全身赤の鎧であり、このようなワンポイントは上級兵士の証である)が四人現れた。
彼らが扉の左右に立ち玉座までの道を作るように整列すると、その体が壁となって見えないが、重量感に満ちた鎧ではない、軽やかなコツコツという足音が近づいてきた。
足音の主は、かつて赤の女王用に作られた、今の女王にはかなり大きい玉座に腰かけた。頭上の黒く縦長なひし形をした、まるでウサギの耳のような一対の髪飾りがふわりと揺れる。その片方には紅に輝く宝石が埋め込まれた王冠がかけられていた。
もはや言うまでもない。彼女こそが第三の女王、アリス本人なのだ。
アリスは長い金髪を振り払い、足を組んで頬杖をついた。そして目の前のジルに報告するよう促す。
「ただいま、第四中隊の終了時間となりました。今のところ異常はありません。これにて報告を終わります」
第三の女王は表情を変えない。その日の報告も彼女は無表情のまま聞き流した。
ジルにはそれが少し苦痛だった。かつての戦争当時、最前線で指揮を執っていた時のアリスは今よりも活き活きとしていたと聞いたからだ。
だから、今日だけは、勇気を振り絞った。
「ですが、ひとつお伝えしたいことがあります」
ほんのちょっとでもいい、かつて白の軍にいたあの短い時間を取り戻してほしいというジルの願いが、玉座を立ち去ろうとした第三の女王を止めた。
「この城内に、赤ずきんがいます」
一瞬にして室内がざわついた。つい先ほどまで厳格な表情でジルを見張っていた上級兵士も動揺を隠せなかった。
「もしかしたら、すでに女王の背後に回り込んでいるかもしれません」
アリスは身構えた。
「なので、しばらく私と女王の二人だけにしていただけませんか? できれば、この部屋の声が聞こえない場所まで離れて」
すぐに第三の女王は室内すべての兵に、解散するよう手で指示した。女王の危機を伝えるジルを睨みつけるその瞳には、取り繕うような闇の奥に期待ともとれる光が宿っていた。
数秒ほど、空白の時間が続いた。
ジルはしだいに現実の重圧に耐えられなくなり、銃剣を突き立てたまま片膝をついた。我ながらとんでもないことを言ってしまったものだと、少しばかり後悔の念に駆られはじめていた。
「報告しろ、その卑劣な敵兵は今どこにいる」
ここにきてようやく第三の女王は口を開いた。もう充分やったんだとジルは自分に言い聞かせ、ここに来る前に考えたシナリオを思い出す。
「先ほど申し上げた通り、この城内です」
「それは誰から聞いた」
「私が見つけました」
女王の眼光がさらに鋭くなり、目を合わせようとしないジルの背中を突き刺す。
「なぜそれが分かった」
「……言えません」
女王の声が、しだいに怒気を増す。
「そいつは何者だ」
ここでようやくジルが顔を上げる。この質問を待っていたのだ。
「私です」
明らかにおかしい返答にも関わらず、女王は続けざまに追及する。
「そいつの名は何という!」
ジルは立ち上がり、赤いヘルメットを外した。くせのある茶髪と共にあらわになった彼の襟部分には、赤いフードが見えた。これこそが「赤ずきん」の証明となった。
「ジルと申します」
ついに女王は走り出した。
女王が右手で手刀のように空を薙ぎ空を掴むと、その手刀の跡に細剣が現れた。
これこそがアリスの力である。この世界が彼女の夢の中だからこそ、彼女の望むものはすべてその通りに手に入る。物も、権力も、そして人の信頼さえも。
ジルもその力を見るのは初めてだった。そして確信した。だからこそ恐ろしいのだと。無敵なのだと。
――ただし、邪魔が現れなければの話だが。
銃剣の砲身が、虹色に光を反射する細剣を受け止めた。衝撃で剣は震え、室内に光が乱反射する。
「どうして……」
女王の顔が驚愕と、一瞬遅れて絶望に覆われた。
「これは私の夢だから、斬れないものはない。とでも思ったか?」
それでもアリスは軽いステップで二歩下がり、剣を構え直した。同時にジルも銃口を相手に向ける。
しかし、女王の残された希望も、次の一言によって粉々に打ち砕かれる。
「残念ながら、これは俺の夢でもあるんだよな」
剣を握る右手が震え始めた。
「お前の時代もここまでだ。女王様」
「うわああああああぁぁぁぁ!」
女王の命は短く、斬りかかろうとした最後の咆哮も、ジルが引き金を引いた一発の銃声によって中断された。
額に直撃した銃弾は一瞬でアリスの意識を奪い、その残響だけが玉座の間に響き続けた。
しばらくして、ジルは動かなくなったアリスの体を抱えて部屋を出た。
何部屋分だろうか、人のいない廊下が続いた。どうやら先ほどの兵士たちは本当に散開したらしい。それでも城の出口が近くなると、しだいに警備兵に見つかり始めた。しかしジルはそれに驚くことなく、片腕でアリスを抱えたままもう片方の腕で銃剣を構え、正確に、騒ぎが起こるよりも早く撃ち抜く。これが何度か続いた。
城を出てしばらく歩いた森の中、二頭の馬につながれた一台の馬車がジルを待ち構えていた。その騎手はジル同様に赤いフードをのぞかせているが、鎧は全身白く、言葉を介さずとも「赤ずきん」であることを伝えていた。
ジルはアリスの体を馬車の後部座席に寝かせ、薄い毛布をかけてから自分は騎手の隣に乗り込んだ。
「帰るぞ」
「ああ。よくやったな」
二人の「赤ずきん」が短い合図を交わすと、その一人が手綱をパシンと鳴らす。
屋根のない簡素な馬車は、矢でも刺されば簡単に折れそうな木製の車輪を回して進み始めた。
「安心しな、模擬弾だ」
馬車の音にかき消されそうな声で、ジルはアリスの耳元にそっとつぶやいた。顔を近づけるとアリスの、少女の穏やかな寝息が聞こえた。
◆◆◆
城の軍拠点。そこには白と青で統一された、遠くから見れば青空にカモフラージュしてしまいそうな城がある。
そんな高級感溢れる敷地に似つかわしくない薄汚れた木製の馬車を、白の女王は近衛兵と共に喜んで出迎えた。
「まぁ、お帰りなさいジル。よく頑張ったわね」
「話してる場合じゃない、すぐに彼女を部屋へ」
満面の笑みで二人の赤ずきんを抱きしめようとした女王は、すぐに冷静な顔に切り替わった。
「……そうね。ではこちらに」
女王が純白の鎧を着た近衛兵をかき分けるように城内に戻ると、ジルもアリスを抱き上げて彼女に続いた。
城内、とある寝室。女王の間の次くらいに広い部屋でアリスは目を覚ました。
そしてすぐに気が付いた。忘れるはずもない、赤の軍に勝利したあの夜、一晩だけ泊まった部屋なのに、アリスの記憶にはその光景が深く刻まれていた。
室内を見渡すと、どうやら自分はベッドに寝ていたらしい。まだ意識が曖昧なアリスにはその程度のことしか認識できなかった。
毛布をどかして体を起こした時、その傍の台に置かれたウサギの耳のような黒いカチューシャと、その耳から外された王冠が目に入った瞬間、この部屋で眠ってからの数日間の記憶が鮮明に蘇ってきた。あの赤の女王の冠を手にしてからの、残酷な数日間が。そしてその結末を思い出す前に、アリスの目には涙が浮かんでいた。
記憶の奔流に耐えきれなくなったアリスがついに声を上げそうになった時、不意に扉が開いた。
音を立てないよう気を配ったのか、その動きはゆっくりとしていたが、ドアノブをひねるガチャリという音だけは室内に響き渡った。そしてそこから入ってきた正装の男と目が合った瞬間、アリスはようやく正気を取り戻した。
「……起こしたか」
アリスは静かに首を横に振る。長い金髪が振り払われたそのシルエットは、本当にたった一人のか弱い少女だった。
「女王様が待ってる。着替えて広間に来な」
アリスにとっては聞き覚えのない、しかしどこか脳の片隅にあるようなその声。男の名がジルであることも、少女の記憶には極めて曖昧な状態でしか残されていなかった。
少女は返事こそしなかったが、ベッドからおりて正装が掛けてある壁に向かった。その途中、ベッド横の台に手を置こうとした瞬間、
「おっと、『こいつ』は俺が持つ」
ジルはかすめ取るように台上の王冠を手にした。そしてその手でお前はそれを持てとでも言うように、カチューシャを指差した。しかし少女がそれに応える前に彼は部屋を出て、先ほどのような優しさのない、やや乱暴な音を立てて扉を閉めた。
しばらくして、ジル扉の横の壁に寄りかかっていると、一人の伝令兵がやってきた。
「女王様は外の庭園でお待ちになられるそうです。アリス殿にもそうお伝えください」
ジルに届いた伝言通り、白の女王は白いバラの花壇に囲まれた東屋に座っていた。
女王がジルたちに気付くと、つい先日まで戦争を続けていた軍の指導者とは思えない、穏やかな笑顔で彼らを迎えた。隣で紅茶を注ぐ召使いはやってきた二人に向かって、というよりはジルの後ろを歩くアリスに向かって軽く頭を下げた。
「急に場所を変えてしまってごめんなさい。でもこっちの方が話しやすいと思ったの」
周囲にはさわやかな風が吹き抜け、耳をすませば鳥のさえずりが聞こえる。あらゆる特徴が白で統一された空間も、その景色に映える紅茶の色さえも、すべてが平和を表しているように見えた。
「お気遣い、感謝いたします」
女王とは目を合わせず、ただ暗い声でアリスは言うと、先ほどまで三人分の紅茶を淹れていた召使いが引いた椅子にそっと座る。一方ジルは残された椅子に座ることなく、正面の召使いがそうしているようにアリスの横に立った。
「いいのよジル、今日はあなたにもお話したいことがあるのだから」
ここまで少しも、今のアリスとは対照的な笑顔を崩さない女王はジルが座るのを待ってから、紅茶を一口あおり再び口を開いた。
「まずはアリス、ジル、よく無事で帰ってきてくれたわね。みんなとても喜んでいるわ」
ジルは座ったままぎこちなく頭を下げるが、アリスは顔を曇らせたまま動かない。
「アリス、そんなに落ち込むことはないのよ。あなたは裏切り者なんかじゃない。たとえそう思い込んでいる国民がいても、私はあなたの味方よ」
アリスが暗くなる原因は根深く、彼女が話し始めるまでには少しばかり時間を要した。
「………戦いに勝って、赤の女王が降伏したときに私は最初に王冠を受け取ったの」
その時、彼女は確信したという。
「ようやく自分が勝ったってわかった時、なんでもできる気がしたの。ここは私の夢の世界だから、できないことはないんだって」
その誇りが、アリスの純真な心を深紅に染め上げた。そしてさらにそれを激化させたのが白の軍だった。アリスとの戦いを望まない白の女王を差し置いて、農民一揆のような形で起こったのが今回の戦争とされている。
「そこから先は、なんであんなことをしたのかよくわからない……」
アリスは終始顔を上げなかった。
彼女の事に関してジルはよく知らない。彼はたまたま警備兵まで上り詰めたスパイでしかなかったのだから。
ただ、一つだけある共通点を除いては……。
アリスの登場から数日遅れて、ジルはこの世界に現れた。元々鉄砲の技術を備えていた彼は戦いに加わろうとしたが、どちらに味方するか悩んでいた。しかしその迷いは、第三の女王による宣戦布告の一言ですぐに消え去った。
『これは私の夢よ』
ジルは当時赤の軍について直接アリスに会うことを考えたが、その途中で白の軍にいた頃の彼女の経歴と白の軍の現状を聞いて、「赤ずきん」入隊を決意した。アリスに近づき、戦争を終わらせるにはそれが最も有効だと思ったからだ。
そして何より、その無謀とも言える計画を可能にさせたのが彼とアリスの共通点、この世界が自分の夢であることだった。だからこそ彼は運よく第四中隊に入り込み、第三の女王に勝利したのだ。
この世界を思い通りに動かせるのは、アリスだけではなかった。
白の女王は、アリスとジルの夢の話をよく理解していた。普通であれば信じられないことだが、彼女の未知への関心とアリスの実力が彼女に迷いの余地を与えなかった。女王によると、アリスの異常はその力に自我が飲み込まれたことが原因ではないかとされている。
「私も、あなたに頼りすぎたのかもしれなかったわね……」
白の女王が初めて目線を落とした。実際にあの戦争における白の軍の勝利は、アリスの一人勝ちと言っても過言ではない。それだけアリスはその力を支持され、振るい続けたのだ。後でそれが暴走しても不思議ではなかった。
「私もそうだけどアリス、あなたはもっとこの世界を知るべきだわ。きっとジル以外にもあなたと同じ境遇の人がいるはずだもの」
女王が顔を曇らせた時間は短く、強くアリスを見つめると、ようやくアリスも顔を上げた。しかし少し考えるとその顔は、先ほどまでの後悔とは違う、不安と迷いの雲に再び覆われた。世界を知るなどという、力を手放した普通の少女には重すぎる課題に二つ返事で答えることなど、彼女にはとうていできなかった。
「これからジルをあなたの護衛につけるわ。だから、赤の軍の領地はしばらく私に預けてくれないかしら」
それでも、あの領地を抱えて争いを続けるよりはましだと、そう妥協できる程度にはアリスは落ち着いていた。
「……わかりました。やってみます」
女王にとっては、この提案が領地欲しさによるものと疑われても構わなかった。彼女は心からアリスの身を案じていたのだから。そしてできれば、赤の軍の領地に平和を取り戻しいつかアリスが帰ってきたら、彼女に返却したかった。いずれ彼女やジルがこの夢から覚めて元の世界に帰る時に、最後まで明るく過ごしてほしいから。きっと命より早いであろうその別れを、白の女王は誰よりも正確に予見していた。
記念すべきなろう初投稿作品。まだ一話ですが楽しんでいただけたでしょうか。
周りからは「ネット小説なんかよりもっと大きい公式の大会とかに出せ」って言われたのですが、純粋に感想が聞きたいだけなので、この機会にとなろうにちょうせんさせてもらいました。
今後とも、どうぞ史郎アンリアルをよろしくお願いいたします。
あ、今日はあと何話か投稿する予定なので、投稿日以外に読んでくれた方は、引き続きお楽しみください!