あの夏の日、一度止まった時間が、違う歯車がはまって動き始めた。
耳鳴りかのような蝉の声。
民家の奥から聞こえる風鈴。
田んぼに勢いよく流れ入る用水。
風に触れ合うトウモロコシの葉。
高校野球のラジオ中継。
風に揺れるトウモロコシの葉が見え始めた頃、ラジオの音が聞こえた。
高校野球のラジオ中継だった。
通学路にあったその畑には、
いつもラジオが流れ、いつも同じ人がいた。
小学生の自分になど気付いてもいないかのように、
黙々と仕事をしていた。
夏休みに入り、自分の背丈をみるみる追い抜いたトウモロコシ。
吹奏楽の演奏や声援が近づいて、また遠のき始めた。
トウモロコシに隔てられた数メートル先。
その人がいた。
眩しそうに空を見上げる横顔。
真ん中の突起を避けながら汗が滴る丸太のような首。
黒く日焼けしたゴツゴツとした腕。
白いランニングシャツが張り付く、分厚く盛り上がった胸と背中、そこから少し膨らんだ腹。
その少し下から伸び手で掴まれている、太く長く黒いもの。
その全てに、時間が止まった。
風が止み、蝉の声が消え、
ラジオの音だけが聞こえた。
握られているものの先端から光る滴が落ちた。
その眩しさで、また時間が動き始めた。
口の中がカラカラで、喉がヒリヒリした。
胸のあたり熱く、苦しかった。
家に向かって走った。