番外編 練習しましょう
久しぶりの合鍵です(^_^)
「……え」
言葉を失った私の目の前でにこにこと営業スマイルを浮かべているのは、赤い制服を着ている係のお姉さん。
なぜ私が固まらなければならなくなったのかは、それはお姉さんによってさっき耳に届いた言葉のせい。
彼女はここ、臨海公園にある大観覧車の係員さん。
私と海は学校帰りのデートで、今日はここに遊びに来ているのだ。
想像もしていなかった言葉に、私は思考を一時中断させられいる中、お姉さんもお仕事だと割り切っているのか、同じ言葉をまた繰り返した。
「――本日はカップルデーとなっておりまして、カップルの皆さまに対して割引が適用されます。もちろん、お子様連れなどの家族にも適用されていますよ。頬にキスをされますと観覧車の50円の割引と実にお得なんです。いかがですか?」
いかがですかって……
50円も割引してくれるのは正直嬉しい。
でもこんな公共の場で!?企画したの誰っ!?
戸惑う私の隣で海は「良いイベントだな」と呟く。
私はそんな海を睨むが、何が嬉しいのか海は私を見て顔を緩まると、私と手を繋いだままの状態で軽く屈んだ。
「えっ!?ちょっと、まさかするの!?」
「もちろん。ほら桜音早くキスして」
そう急かされても……
たしかにお姉さんもお仕事って割り切ってると思うし、する場所もほっぺだし。
それに海と付き合ったのは夏。
それから大分月日が経っているから、私もそれなりに経験を積み頬にキスぐらい出来る――はずがないっ!!
海と私のお付き合いは海が私に合わせてくれているため、かなりのスローテンポ。
そのため自分から海にキスしたのなんて、海がみくと日下部君に追試対策として勉強を教えたご褒美としてねだられてやった2・3回ぐらいだもん。しかも頬だし。
うぅ……どうしよう。いけるかな?
羞恥心と闘っていると、「すみません。通常料金で高校生二人お願いします」という海の声が隣から聞こえてきた。海はそう言うと、私の手を離すと財布から1000円を取り出し置く。
「……いいの?しなくて」
てっきりしなきゃいけないと思って身構えていた私は、どこか拍子抜けした。
「ん?桜音こういうの苦手だろ?無理強いはしないよ」
「あっ、お金私が払うよ」
だって海には毎回払ってもらっているもん。
だから毎回奢って貰ってばかりじゃ悪いから、飲み物代なんかは私が持つようにさせて貰っている。
「いいよ」
「でもっ!!」
「――あの。本当に宜しいんですか?」
私の声を遮るように耳に届いた係員のお姉さんの声に、私も海も視線をそちらに移す。
「別に彼女さんからじゃなくてもいいんですよ?彼氏さんからでも」
お、お姉さん……
そうにっこり微笑まないで下さい。
出来るならこのまま完結させたかったのに~っ!!
だってそんな事言ったら海は――
「あぁ。それなら」
海はそう言うと、私の頬にキスを落とした。
うぅ……恥ずかしいよ……
「はい。では割引適用させて頂きますね」
早く観覧車の中に入りたい。
羞恥心から顔が火照っているのを隠すため、私は俯いた。
これ、いつになったら慣れるんだろう。
*
*
*
「可愛いな。まだ顔が真っ赤だぞ」
「だって慣れないんだもん……」
熱くなった頬を両手で押さえる私を海は顔を緩めて見つめている。
そんな顔をされると、ますます赤くなっちゃうよ。
私は視線に耐えられなくなり、視線を観覧車の窓から見える景色へと移す。
すると町並みが小さく見え、さっきまで私達が買いものをしていたあんなに大きいショッピングモールも小さく見えていた。
「――観覧車って逃げ場ないよな」
「え?」
何の脈絡もないその言葉に視線をまた隣りに座る海に向けると、口角を上げた海と目があう。
……あ。なんだろう。今ものすごく嫌な予感がする。
なるべく距離を置こうと、空いている向かえの席に移動しようとしたけど、動きを読まれていたのか、すでに海の腕の中にいた。
「じゃあ、慣れる練習してみようか」
「えっ!?ちょっ!!えぇっ!?」
「大丈夫。こんなに高いと外から見れないし、それにほら前後のゴンドラに乗っているカップルも自分達の世界にいるから問題ない。だからいっぱいキス出来るぞ」
「お、降ろして~っ!!」
そんな私のささいな叫びは届くはずもなく、結局私は練習をせざるを得なかった。