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合鍵  作者: 歌月碧威
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番外編 きっかけは、雨

ブログから転載。

自分の靴音に交じって遠雷の音が耳に届く。

降ってこないと良いんだけどなぁ。

窓に近づき、雲を眺める。

どんよりと曇っていて、今にも降り出しそうだ。

せめて駅に着くまで降らないでくれると助かるんだが。

そう思いながら、足早に昇降口へとむかった。




降ってきたか……

俺が昇降口について見えた外の景色は、地面に叩きつけているような雨だった。

雲を見る限り、止むのを待つという選択が出来ない。

弱くなったら駅まで走るか。

そう思いしばらく雲行きを見守る事にした俺は、せっかく履き変えた外履きを内履きに履きかえるべく、また足を元来た道に戻しかける。

その時だった。

「海」と声をかけられたのは。


その方向を見ると、左側の数メートル離れた所に涼がいた。

普通ならすぐにいつものように何か返事を返すはずだが、この時の俺は返事をする事が出来なかった。

なぜなら、涼の隣りに桜音がいたからだ。

涼の体に隠れるようにしていた桜音は体を少し前方にずらし、こちらを見ている。


桜音っ!!

いつもは降ろしている髪を今日はお団子にしている。

お団子姿も可愛い。

桜音の姿に、つい表情筋が緩んでしまうのを必死に抑えた。


「髪型いつもと違うな」とか声かけたら変か?

それとも、「親父がいつも世話になっている」とかか?

俺は桜音と話した事がない。

これまでも何度も話しかけようとしたんだが、なかなか話をかける事が出来ないでいた。

ヘタレと言われてもしょうがないぐらい、桜音を前にすると駄目になってしまう。


「海。もしかして傘ないのか?」

「あ、あぁ……」

涼が近づいてくる中、乾いた返事が自分の口から洩れる。

俺の視界には相変わらず桜音しか入ってない。

一方の桜音はというと、こちらを気にすることなく雨の様子を伺っているようだった。


「傘貸すよ」

涼は傘を差し出してくれている。

涼の申し出はありがたい。


「でもお前はどうするんだ?この雨だぞ」

「ん?桜音の傘に入れて貰うよ」

「いや、いい」

俺は、傘を涼につき返す。

――そんなことしたら、涼が桜音とあいあい傘になるじゃないか!!

しかも桜音の傘は男物と違い、女物だ。

そのため作りが小さいからますます密接してしまう。


「この雨だと、やむの待つのはキツイと思うぞ。まさか、濡れて帰るのか?」

「俺の事は気にしなくていい。待たせてるんだろ?行けよ」

「……わかった」

涼は苦笑いを浮かべると、桜音の元へと向かって行った。


「じゃあな、海。また明日」

涼がこっちを見ながら手を振ると、桜音が小さく会釈した。

たったそれだけなのに、俺にとってはささやかな進歩だ。


どうするかな……

離れてはじめた桜音と涼の後ろ姿見つめながら、これからどうやって帰るかを考えていると、急に桜音が振り返って俺を見た。


「――!?」

なんだ?どうしたんだ?

心臓がいきなり早くなり始める。

涼に何か話しかけると、こっちに向かってきた。


やばい。桜音が来る!!

いや、ただ忘れ物を取りに来ただけかもしれない。

だが、俺に用事があるって可能性もある。

どうする俺!?


「あ、あのっ!!」

カラフルなドットに傘を持った桜音が、俺の元へと近づいてくる。

そんな桜音に俺は動揺を隠せないでいた。

「な、なに?」

「傘、お貸しします。やっぱり、この雨で濡れちゃうと風邪ひいちゃうから」

「ありがとう。でも、迎えの車呼んだから傘もういいんだ」

呼んでなかったが、そんな事をしたら桜音が涼の傘に入る事になってしまうからとっさに言ってしまった。


「そうなんですか?だったら良かった……じゃあ、さようなら」

桜音は俺に小さく手を振ると、少し離れた場所にいる涼の元へと向かって行った。

桜音に話しかけられた!!

もう人目をはばからず、嬉しすぎて叫びたかった。

桜音にとっては、こんな事忘れてしまうような事かもしれない。

でも、俺にとっては忘れられない出来ごとの一つになる。





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