甘く 優しく 蕩けるように3
――あいつ何様のつもりだっうの!!
アイスを貪りながら、アタシはさっきあった事に対してムカついていた。
普通時間無いからって、無理やり人の携帯奪って赤外線通信するか!?
こっちは交換したいなんて一言も言ってねぇのに。
あの王子は無理やりの赤外線通信を終えると、足早にバスケのミーティングへと向かって行った。
時間がないって言ってたわりには、ちゃんと桜音の寝顔を見てから行く所がムカつく。
「そんなに一気に食うと痛くなるぞ?」
「うるさ……――痛っ」
頭を押さえて、その痛みが遠のくのを待った。
どれもこれも在原のせいだ。
「だから言ったじゃねぇか、あいつの事はしょうがねぇと思って諦めろって。逢月が関わるとあんな感じになっちまうんだ。なんせ、初恋真っ只中だから」
「は?」
日下部の言葉に、スプーンが止まる。
「誰も思いもしねぇよな。あの在原海が今まで恋した事なかったなんてよ。この天然女の事好きになるまで、女きれたことなかったし」
あの王子の初恋が桜音……?
たしかにカレカノって言ってもお互い好き同士で付き合っている奴らばかりじゃない。
アタシも千里の事を忘れたくて違う奴と付き合った事あるし。
「まったく海といい水谷と藤原といい、逢月の何処かいいんだか……」
「桜音可愛いじゃん。女の子らしくてふわふわした感じで。ピュアで、ついこっちが守ってやりたくなるもん。だから、涼も千里も惹かれたんじゃない?」
桜音には悪いけど、羨ましいを通り越して妬ましく思う時もあった。
アタシじゃ桜音みたいになれないから。
もし、アタシがこんな風なら千里は好きになってくれたかもしれないって思ってしまって。
「そうか?俺はお前みたいな女の方がいいけどな」
「はぁ!?」
やばい。一瞬ときめきかけた。
不覚だ。日下部なんかにときめくなんて!!
「何赤くなってんだよ。あ、お前もしかして勘違いしてんのか?悪いけど、俺は部長命だから」
「黙れ、金髪猿」
こいつが同じ写真部の部長が好きな事ぐらい知ってる。
犬みたいにまとわりついて追い払われているのは、もう日常の光景だ。
「逢月だって、お前の方がいいって言うぞ?こいつは、お前に憧れてんだからな」
「桜音が?嘘でしょ。アタシ言われた事ないもん」
「 マジだって。起きたら聞いてみろよ」
「んなこと聞けるか」
私がそう言うと、日下部は「しょうがねぇな」と言って口を開く。
「お前のさばさばした性格も出るとこ出た体も、お前が嫌がっているその身長だって、逢月にとってはモデルみたいで羨ましいんだと」
これが……?
私にとっては、身長はコンプレックスだ。
174㎝の私は、155㎝の桜音が羨ましいってずっと言ってきた。
「もし自分が男なら、絶対みくの事彼女にするって言うぐらいだぞ?」
「桜音が男ならね~」
桜音の男バージョンなんて全然想像出来ず、思わず笑ってしまう。
「人ってそんなもんなのかもしんねぇな。自分の事はよく見えてなくて、他人の事はよく見える」
「たしかにそうかもね」
「まぁ、でも良かったな。お前、女で。海の嫉妬それぐらいで済むじゃねぇか」
「は?嫉妬?」
「……もしかしてお前も鈍いのか?」
「鈍いなんて言葉、生まれてから一度も言われた事ないっうの」
そう言うと、日下部はため息をはいた。
「いいか、逢月がそう言ってるぐらいお前の事が好きなんだぞ?」
「あんた、アタシの性別わかってんの?」
「あいつには、んな事関係ねぇ。お前、突き刺さるような視線とか感じねぇか?」
「あ~。そう言えば――」
アタシには身に覚えがある。
時折感じる妙な視線。
その視線に気づき振り返ると、必ず在原海がいた。
あいつ、人の事睨むようにしてこっち見てたっけ。
……ん?
「ちょい待て!!まさかあれ嫉妬されてたからなの!?アタシ女なんだけど!?」
そう言えば妙な視線を感じる時、いつも桜音が傍にいた。
「だから、男とか女とか関係ねぇって言ってるだろうが」
「まさかあいつそこまで器小さい男だなんて……」
桜音は大丈夫なの?あいつかなり嫉妬心強いじゃん。
しかも器小さいし。
急に桜音の事が心配になり、自然と視線は桜音に向く。
人の心配をよそに、起きる様子もなくまだすやすや眠っている。
「大丈夫だ。海は、逢月の傷つくような事はしない。飴玉に砂糖と蜂蜜つけたぐらい甘く溺愛してるからな」
「何その胸やけしそうな例え……」
「それぐらい甘いって事だ。だが、それにも逢月はまったく気付かない。たまに海が可哀想に思えてくる」
「桜音だからね」
そうやすやすと桜音のことを落として貰っては困る。
だって桜音が王子の事を好きになったら両思いになってしまう。
そんな事になったら、アタシが桜音と遊べなくなるじゃん?
あの独占欲の塊のことだ、絶対桜音の事を離さないはずだもん。
そんな風に思っていたアタシだったが、まさかこの時すでに桜音が王子の事を好きになっていたなんてしるわけもなかった。
私がその事を知るのは、そう遠くない夏休みの事になる。