甘く 優しく 蕩けるように2
――マジかよ。
写真部のドアを開けて最初に視界に入ったのは、
ソファで眠る桜音を床に座りながら愛しそうに見つめている在原海だった。
時折桜音の頭や頬を撫でながら、甘ったるい空気を醸し出している。
「あんた、桜音の事好きなの?」
思わず出た言葉に在原より先に答えたのは、イスに座っている金髪バカ猿だった。
「は?お前、あれ見てわかんねぇの?」
イスに座っている金髪バカ猿――日下部が携帯片手にこっちを見ながら言った。
やつの机の上には、昼御飯の途中だったのだろうかパンや紙パックの飲み物が乗っている。
「……わかるわよ。ただの確認だっうの」
あんなの見てわかんない人間なんていない。
蕩けそうな表情で桜音を見つめているそいつは、人がいるにも構わず桜音の事を好きすぎてしょうがないオーラを全開にしているから。
普段無表情に近く、愛想の欠片すら持ってないような奴なのに。
「買って来たんだけど?」
「あぁ、ありがとう」
名残惜しそうに桜音の頬から手を離すと、在原はこっちに来た。
そしてアタシから財布とコンビニの袋を預かる。
その表情はさっき桜音に向けていたものとは違い、すっかりいつものクールな王子様に戻っていた。
別にこいつの事はどうでもいい。
いや、むしろ気に食わない。
だが、こうも差をつけられるとムカつく。
「しかし、まさかあんたが片思い中だとはね~」
「……なんで片思いだって思うんだ。付き合ってるとか考えないのか?」
決め付けた言い方に少しムッときたのか、在原の声色がほんの少し変わった。
「思うわけ無いじゃん」
そりゃあ、ここだけの話ちらっとは思ったわよ。
でもアタシは桜音にそんな事聞いてないもの。
まぁ仮にここで在原が肯定してたら、今すぐ桜音叩き起こして問い詰めてやってたけどね。
「ねぇ、桜音は気付いてるの?」
「……。」
その反応だと気づかれてないな。
やっぱ、桜音じゃ無理か~。
そりゃあ、そうだよね。桜音鈍いし、アタシも気づかないぐらいわからなかったし。
「海。時間大丈夫なのか?」
日下部の視線が黒板の上に向かう。
そこには壁に掛けられている時計があった。
「もう少しなら平気だ」
王子はそう言うと、ズボンのポケットから携帯を取り出した。
「佐々木、携帯出せ」
「は?なんでよ。桜音の番号なら教えないから」
「それは交換しているから知っている。とにかく出せ。これからバスケ部の集まりがあるから時間がないんだ」
「ちょっと!!あんた達番号交換してんの!?」
「してる。いいから、け――」
「良いわけ無いだろうが!!」
こいつらいつの間に。
学校でそんな様子見た事ないっうの。
でも、あきらかに何かあるはず。
ちょっと桜音。アタシ何も聞いてないんだけど!!
未だにすやすや寝ている桜音が恨めしくなり、睨んだ。
すると桜音はごろりと寝がえりをうち、こちらに背中を向けた。
「俺と桜音の事は、理由があって言えない」
「何よ理由って?」
「俺からは言えない」
「もったいぶらないで言えよ」
「そうやすやすと言えない事なんだよ。だから桜音も佐々木に言えないんだと思う」
「……わかった」
今ここで無理やり聞きだしてもこいつは絶対に答えないと思う。
桜音なら問い詰めれば教えてくれるかもしれないけど、できれば自分から言ってほしい。
仕方ない。桜音が自分から言ってくれるのを待つか。
「それで、佐々木。悪いがほんとに時間がないんだ。赤外線使えるよな?俺に送ってくれ。後でメールで俺のアドレスと携帯番号送るから」
「あんたの番号とか必要ないんだけど」
「万が一、桜音に何かあった時のためだ。そうすれば、真っ先に俺に知らせられるだろ?一応防犯ブザー持たせているが何が起こるかわからないからな」
「……あれお前が持たせたのか」
桜音の通学カバンには、一見キーホルダーにしか見えないキャラクター物の防犯ブザーがつけられている。
その他にも私服の時に持つカバンには、バックチャームと一緒にハート型の防犯ブザーをつけるなど桜音は防犯ブザーの使い分けをしていた。
なんでも、「危ないからって着けられたの。外すと怒られちゃうんだよね……」って言ってた。
あれ、この王子の事言ってたのか!!