桜音風邪を引く4 side 海
「どうだ?もう少し食べれそうか?」
「……うん。あと一口だけ」
俺はその返事を聞き、摩り下ろされた林檎をスプーンですくうと、それを口元まで持っていく。
すると桜音の小さい唇が開き、そのスプーンを口の中に招き入れた。
――よかった。少しだけど、食べられたみだいだな。
左手に持っているガラスの器には、摩り下ろされた林檎があと三分の二ほど残されている。
桜音はさきほどよりは、大分良さそうだ。
さっきはしゃべるのもだるそうだったからな。
おそらく、薬のおかげで熱が下がってきているからだろう。
今では、熱が37.5度まで下がっている。
涼の話では薬が切れるとまた熱が上がってくるらしく、一時的なものにしかすぎないそうだ。
「じゃあ、林檎も食べたしまた少し休もう。後で夕食持ってくるから」
「うん」
桜音は俺の言うとおり、ベットへと横になった。
寒くないのかな?毛布とか何か増やした方がいいか?
桜音が寒くないように布団をなおしながら、もう一枚毛布か何か増やした方がいいか考えてると、「海」と桜音に名前を呼ばれた。
「どうした?もしかして寒いのか?寒かったら毛布増やそうか?」
「ううん、違うの。あのね、指どうしたのかなって」
桜音の視線は、俺の絆創膏だらけの指。
「これは――」
思わず言葉に詰まった。
林檎剥いて指切ったなんてカッコ悪すぎる。
きっと涼ならこんな傷だらけになったりはしないだろう。
俺の頭の中には、また涼に対しての敗北感に占められ始めた。
「海」
俯く俺の顔に、温かいぬくもりが触れ、視界が桜音に切り替えられる。
頬に感じたのは、いつもと違い少し熱めの桜音の手。
「林檎の皮剥いてくれたの海なんでしょ?大丈夫?傷痛まない?ごめんね、私が風邪引いちゃったから海にいろいろ迷惑かけちゃって……」
「なんで桜音が謝るんだ?謝るのは俺の方だ、俺は桜音のために何かしたい。でも俺、桜音に何もしてやれてないんだ。誰かの看病するのも初めてだし、桜音の好みもわかんなくて……涼と違って足でまといにしかなってないんだ」
桜音が心配で早退してきたのに、俺は何もしてない。
一緒に暮らしているのに毛布などの場所も分からず、ほとんど涼が全部やってしまい、俺がやったのは買い物と林檎の皮むきだけ。
その皮むきすらまともに出来ていない。
使えない上に、その上怪我の心配までされてしまうなんて申し訳なさすぎる。
「ううん、そんな事ない。海はちゃんとしてくれてるよ。だって怪我しながらも、一生懸命林檎だって剥いてくれたでしょ?だから嬉しい。ありがとう」
――ありがとう。
その言葉がなぜかとんと胸に降りて来る。
俺は桜音のありがとうを聞いて、さっきまでの沈んでた気分が嘘みたいに晴れてきた。
それは惚れた弱みのせいなのか、俺が単純だからなのか、それとも両方なのかはわからない。
ほんとすごい、桜音。
今まで当たり前のように使っていた「ただいま」も「おかえりなさい」なんかも、桜音が関わると色づく。
「なぁ、桜音。早く元気になって、イチャつこうな」
「うんっ!!……って、えっ!?」
「うんって言ったな。言ったからには、有言実行だぞ?桜音が元気になってくれるように、俺がちゃんと誠心誠意看病するからな」
早く元気な桜音になって、二人で些細な事で笑いあいたい。
だから、早く元気になってくれ。桜音。