桜音風邪を引く3 side 海
一体、何処の病院に行ったんだ……?
階段に座りながら、いつ開くかわかない玄関の扉を見つめる。
俺が保健室に行くと、もう桜音の姿はなかった。
戻って来た保険医に話を聞いたところ、桜音の熱が高かったため、
すぐに付き添いの涼とタクシーで帰宅したそうだ。
どうやらその報告をしにきていたらしい。
それを聞き俺も急いで早退して帰宅したが、二人の姿はなかった。
おそらく病院に直で行ったのだろう。
肝心の病院を探そうにもかかりつけがわからないし、携帯も繋がらない。
そのため、現在自宅待機を余儀なくされている。
しかし、遅い。
腕時計を見ると、二時間はゆうに超えていた。
時計の針が進むごとに嫌な不安ばかりが募り、心配でたまらない。
病院が混んでいるのか、それとも――
……やっぱり探してみるか。
玄関の扉に手をかけようと手を伸ばすと、玄関の鍵が勝手に開いた。
もしかして……――
たまらずあっちが扉を開ける前に扉を開けると、想像通り桜音と涼が立っていた。
桜音は涼に支えられるようにして立っていて、二人とも目を大きく見開きこっちを見ている。
まさか俺が居るとは思ってもいなかったのだろう。
無理もない。普通なら、今は授業中のはずだ。
「…か…い……?」
首を傾げる桜音は、いつもより顔が赤く汗ばんでいる。
熱があるからやっぱり寒いのか、長袖のバスケ部のジャージを着ていた。
ジャージは桜音には大きすぎるらしく、全体的にぶかぶかだ。
「大丈夫か?」
なんの事だかわからなかったのか、桜音はきょとんとした顔をしている。
「具合はどうなんだ?」
「……うん。お医者さんに見て貰ったし、お薬も飲んだから。ねぇ、海どうしてここにいるの?学校は?」
「詳しくは後だ。それより部屋に行こう。ここだと休めないだろし」
くわしく聞きたい事とかあるが、ここで立ち話をしても桜音の体に悪い。
詳しい事は、後で涼にでも聞くか――
俺は桜音を抱きかかえると、桜音の部屋へと運んだ。
*
*
*
「だから俺がやるって言ったのに」
「……。」
涼は絆創膏だらけの俺の指とまな板の上にある物体を見ながら、深いため息を吐きだした。
涼の視線の先にあるのは、酷い剥かれ方をした林檎の皮の残骸。
その剥きから方だと、実はかなりやせ細っている事は簡単に想像ができる。
しょうがないだろ、初めてだったんだから……
「一応出来たんだからいいだろ」
ガラスの器を涼に見せる。
そこには摩り下ろされている林檎が入っていた。
あんな剥き方したから、量が少ないけど。
「まぁ、確かに。でも、皮捨てるなよ。もったいないから後で俺が食うから」
「……わかった」
「じゃあそれに蜂蜜かけて上に持って行ってくれ。俺は洗濯物干してくるから」
「ああ」
俺はキッチンから出て行く涼の背中を見送った。
涼は住んでもいないのに、この家の事をよく知っている。
氷まくらの場所や、毛布のしまってある場所とか。
何処にしまってあるかわからない俺の代わりに、涼はそれを準備してくれた。
それだけじゃない。涼は、桜音の事も良く知っていた。
具合悪くて食欲無い時には、林檎のすりおろした物に蜂蜜をかけたやつなら食べるとか、
おかゆ派じゃなくうどん派だとか……
「付き合い長いし、桜音風邪引いた時何度も看病してたからな」と涼は笑っていたが、こっちとしてはへこむ。
だってそうだろ?俺がやった事と言えば買い物と。この林檎の皮を剥きぐらいだ。
他の事は俺がやる前に涼がテキパキとやってしまっている。
その林檎の皮むきすら、まともに出来ていない。
――なんて俺、使えないんだ……
ため息を吐きながら、俺は階段を昇り桜音の部屋へと向かった。