第三十六話 小悪魔の不意打ち攻撃
私は小さい時は、ずっとお兄ちゃん子だった。
両親は共働きで家に居ない時が多かったし、お兄ちゃんも年が離れている私を可愛がってくれたから、かなり懐いていた。
だから今回の事もお兄ちゃんが煩く言うのも、私の事を心配してっていう事が良くわかっている。
でも私は海と一緒に居たい。
だから――
「よし、頑張ってお兄ちゃんを説得するぞっ!!」
見つめている時計の針は間もなく8時を回ろうとしている。
私はそれを見て、気合いを入れた。
もうすぐお兄ちゃんと香澄義理姉ちゃんがうちにやって来るのだ。
もちろん要件はただ遊びに来るのじゃなく、私と海の同居と交際について。
最初啓吾さんやお母さんも同席すると話があったんだけど、今回は私と海でちゃんと話をつけるから任せて欲しいって二人に話をした。
もし私と海だけでは力不足な時は、力を貸して欲しいともお願いしている。
ちゃんと話しあって、きちんと海の事をわかって貰わなきゃ。
お兄ちゃんが心配するような事はなにもないよって。
安心してもらわないとね。
「……でも、もしお兄ちゃんがわかってくれなかったら?」
もしもの事が頭をよぎり、気合いを入れたばっかりなのに早くも心が弱くなってきた。
もしわかってくれなかったら?
私の話なんかに耳を傾けてくれなかったら?
そんな思いが浮かんでしまい、私の心にはくすんだ世界が広がっていく。
「桜音」
ぼうっと麻痺していた思考が、名前を呼ばれたため急速に戻ってくる。
私はなんとかマイナス思考から脱出しようと首を横に振ると顔を上げた。
「大丈夫か?」
海は眉を下げ心配そうに私を覗きこんでいる。
どうやら私は海が近くに来たのにも気づかかったみたい。
しっかりしろ、私っ!!
海に心配かけちゃ駄目。一人でちゃんとやらなきゃ!!
「うん、平気だよ」
私は海に向かって笑みを作る。
だけど海はそれを見て、辛そうに顔を歪め私を抱き寄せた。
「……海?」
「桜音ごめん。俺が不甲斐ないばかりに桜音に不安な思いさせて。しかも肝心な時、俺居なくて役立たずだな」
「海は不甲斐なくないし、役立たずじゃないよ。それにあの時、海部活だったんだじゃん。それに今回は私が巻き込んじゃったみたいなもんだし……」
海はずっと私の傍に居れなかった事を悔やんでいる。
私がお兄ちゃんといろいろ会った時、海は合宿中だった。
だから仕方ないし気にしないでって何度も言っているのに……
「いや、これは俺も関係している事だ。だから桜音が巻き込んだとかじゃない」
「でもっ!!」
「でもじゃない。桜音。俺は桜音の何?」
「えっと……か、彼氏です」
「そう。だからこういう不安な事とか悩み事とかあった時は、一人で背負ったりしないで欲しい。頼りにならないかもしれないけど、俺にも分けてくれ。一緒に考えて一緒に対策練ろう?一人では出来ないかもしれないけど、二人なら出来る事もあるかもしれないから」
海はそう言うと、私の頬に手を伸ばす。
「な?」
「うん」
優しく撫でてくれる暖かい大きい手。
それがいつもより大きく感じる気がする。
私はその手に自分の手を重ねた。
好き。大好き。
海に対する想いが溢れてしょうがない。
言葉は大切だ。
けど抱き合ったり、触れあったりするって事も同じくらい大切。
恥ずかしいけどね……
私は海に抱きしめられるのも、触れられるのも好き。
鼓動が落ち着かないのに、どこか安心する。
それに、海が私の事を大事にしてくれているのも感じられるから。
だからきっと海も同じだと思う。
「さ、桜音っ!?」
突然抱きしめたせいか、海の声が裏返っている。
あ、驚かせちゃったっぽい。
「ねぇ、海は?」
顔を上げ、海を見つめた。
すると海は顔を真っ赤にさせ金魚のように口をパクパクとさせている。
あれ~?苦しいほどギュッて抱きしめてないんだけどなぁ?
いつも自分から抱きしめてくれるのに海は抱きしめてくれる気配がない。
そう言えば、前も不意打ちで私から抱きしめた時もこんな反応だっけ。
たしか、あれは前に啓吾さんに水族館の招待を受けた時だ。
嬉しすぎて海に抱きつくと、海は顔を真っ赤にさせしばらく固まっていた。
なんでだろう?
「ギュッてしてくれないの?」
そう言ったらいつもより強い力で抱きしめられた。
うっ、ちょっと苦しいかも。
「するに決まってるだろ!!なんでこんなに可愛いんだ!?もしかして桜音は小悪魔かっ!?小悪魔なのか?」
「……え」
そんな事言われた事一回もない。
というか、明らかに私とはかけ離れた言葉なんですけど。
「ちょっ、海!!」
「可愛すぎる」
なぜキス魔スイッチが入ったの!?
テンションのすっかり上がってしまった海によって、頬や唇にキスの雨が降ってくる。
ここ日本なのに~っ!!
もうっ。
お兄ちゃん達もすぐ来るのに、このまま顔真っ赤って不審に思われちゃうよ。
と、とにかく止めなきゃ!!
海をなんとか止めようとした瞬間、ピピピッと電子音が室内に鳴り響く。
その音に私と海も一瞬止まった。
なぜならこの電子音はうちに供えられた警備システムが作動したためだから。