第三十五話 彼の心 彼女の決意
シックな家具や調度品により、落ち着いた感じのするリビング。
私の家とは違い、それには生活感があまり感じられない。
私はそんな室内の中央にあるソファに座っていた。
テーブルを挟んで反対側のソファに座っているその人は、私が今一番逢いたい人に似ている。
でも正確には逢いたい人がその人に似ているということ。
そこに座っているのは、啓吾さん。
彼は海のお父さんだから似ているのは当然と言えば当然の事だ。
お互いの視線が合い、こちらを見て微笑む啓吾さんと海を重ねてしまい、無性に泣きたくなってしまった。
海、逢いたいよ……
「桜音ちゃん、どうぞ」
「ありがとうございます」
みちるさんがテーブルの上にティーカップを置いてくれた。
私はそれを「いただきます」と言い、カップを取り、口をつけ傾けて口に流す。
……おいしい。
ミルクの甘さと紅茶の香りは、私の心を不思議と少し落ち着きを取り戻し始めてくれる。
「少し落ち着いたかい?」
「はい。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
啓吾さんとみちるさんに頭を下げると、「謝らないで」と啓吾さんとみちるさんに制止されてしまう。
私は啓吾さんに連れられ、海の実家――啓吾さんの家に来ていた。
啓吾さんは、全ての事情を知った海に頼まれて私の様子を見にきてくれたそうだ。
海がなぜ知っているか言うと、どうやら日下部君がお昼の件でメールをしてくれたらしい。
それで心配した海は、私宛にメールや電話を何度かしてくれていた。
でも私の携帯はお兄ちゃんに取られて連絡が取れず、海は義理姉さんに電話をして、私の様子を尋ねたそうだ。
そこで私が家に戻った事を知り、啓吾さんに様子を見て自分に連絡を入れてくれと頼んだくれたみたい。
「迷惑じゃないし、謝る事なんてないんだよ。この件は僕達にも関係している事なんだ。海が帰って来たら、一度お兄さんも交えてみんなで話し合おう。状況が落ち着くまで桜音ちゃんは、ここに居て。自分の家だと思ってゆっくりくつろいでくれて構わないから。ね?」
「ですが……」
「ちゃんとお兄さん達にも連絡済みだよ。お兄さんはしぶしぶだったが、納得してくれた。ねぇ、桜音ちゃん。海のためにもここにいてくれないかな?あの子、また心配しちゃうからさ」
でもただでさえ、ご迷惑かけているのに……
啓吾さんは私の顔を見て苦笑いを浮かべると、言葉を続けた。
「海はね、桜音ちゃんの事をずっと好きだったんだ。すごくわかりやすくて、最初は笑えたよ。知っていた?去年のクリスマス辺りからかな?僕が桜音ちゃんに渡していたプレゼントあるでしょ?クリスマスや誕生日、それにホワイトデーとかの。あれ、全部海からなんだよ」
「……え」
思わぬ話に俯いていた顔を上げ、啓吾さんを見た。
だって私、あの時まだ海の事知らないよ?
もちろん存在は知っていたけど、話した事とかもない思うし。
「海が自分が選んで買うって聞かなかったんだ。自分で稼いだお金で払いたいってバイトまでしてさ。僕もプレゼントしたいのに。その上、僕が貰った桜音ちゃんの手作りのお菓子とかバレンタインのチョコとか全部一人占めするし。そんなんだったら、話しかければいいと思わない?僕と言う接点があるんだから。それなのにヘタレだよね、あの子」
「えっ、本当ですか?」
「本当だよ。海は桜音ちゃんの事が好きで好きでしょうがないんだ。だからごめんね、愛情表現がうっとおしくなるかもしれない。あの子、付き合ってきた子達は居たけど、桜音ちゃんが初恋みたいなものだから」
海が初恋っ!?
だっていつも余裕あるし、慣れているみたいなのに。
「だからこれから先、迷惑をいっぱいかけると思う。いや、桜音ちゃんにはもうかけているかもしれないね。だから、お互い様なんだから迷惑かけてもいいんだよ。それに海は迷惑だなんて思っていないとおもう。迷惑だと思ってもそれすら、嬉しいと感じるかもしれないね。あの子。それから僕とみちるも迷惑だなんて思ってないよ。だって桜音ちゃんは娘のような子だから……」
「そうよ。だから気にしないで。それに海君と桜音ちゃんが結婚したら、本当の娘になるものね」
「えっ!?」
二人はクスクスと笑い始めた。
赤くなった頬を抑え、私は決心する。
私はこの件では、お兄ちゃんから逃げてばっかり。
でも、逃げないでちゃんと話あう。
だって、こうして傍にいてくれる人達がいるんだから。
それに、お兄ちゃんも話せばわかってくれるはずだもん。