第三十二話 お兄ちゃん
あ~、やっぱ暑い。
デパートから出ると、外の日差しが容赦なく私達を照らした。
夏だから暑いのは当たり前なんだけど、今年は特に暑いように感じる。
室内ではクーラーが効いてたから、温度差のため余計そう余計感じるのかも。
「連都~。ちゃんと帽子被ってる?」
「うん」
私は手を繋いでいる連都を見た。
連都の頭にはちゃんと麦わら帽子が被ってある。
ちゃんと熱中症対策はしておかないと。
水筒もちゃんと鞄の中に入れておいて水分補給もさせているけど、この暑さじゃちょっと心配だ。
「連都。具合悪くなったら、ちゃんと言えよ。熱射病とかなったら大変だからな」
連都を挟んで左隣りにいる彼も心配だったらしく、少し屈みこんで連都に話していた。
「うん。くー兄もね」
「おう」
くー兄こと、日下部君は連都の空いている方の手を握っている。
私達はさっきまでこのデパートであった恐竜展を見ていた。
本来なら私が連れて来る予定だったんだけど、連都がどうしても「くー兄も一緒がいい」と言って聞かなかったのだ。
日下部君と連都が知り合ったのは、ついこの間。
私が連都を公園で遊ばせてたら、偶然会った。
意外にも日下部君は子供好きらしく、連都とも日が暮れるまで遊んでくれた。
それはありがたかったと思う。
私も夏バテ中だったから、へろへろだったし。
でもその日から連都は何かにつけて「くー兄と遊ぶ」と言いだすようになっちゃって、連都が私と遊んでくれなくなってしまったのだ。
プールに誘っても、「くー兄と行く」って言うし。
連都は私の甥っ子なのにっ!!
あまりの仲の良さに、ちょっと焼きもちを焼いてしまう。
「お前、海がいない間は連都の家にいるんだって?」
「うん。一人で平気って言ったんだけどね」
海は今、男バスの合宿のまっただ中。
そのため合宿中は私一人で家にいなければならない。
心配性の海は、それを酷く嫌がった。
そのため私は海が合宿間、お兄ちゃんの家にお邪魔する事にしたのだ。
だって最初、女性専用ホテルを取るって言いだしたんだもん……
「海らしいな。あいつはお前のことを――っと。連都どうした?」
急に手を引っ張られ、私も日下部君も連都を見た。
どうしたんだろう?
「とーちゃんがいるのっ!!」
「は?お兄ちゃん?」
連都が満面の笑みを浮かべ一点を見ている。
私もそこに視線を移すと、公衆電話の前に見知った男がいた。
姿をはっきりと確認出来るぐらい距離は近い。
「あ、本当だ」
仕事中なのか、携帯で話をしながらスケジュール帳を見ていた。
黒髪の短髪に、営業だから外回りが多いせいか日に焼けた肌。
お父さんと同じ目元に鼻。
彼は逢月那智私のお兄ちゃんだ。
「あれ、お前の兄ちゃんか?」
「うん」
三人の視線に気づいたのか、彼は目線をこちらへと向けるとほほ笑みを浮かべた。
だがすぐにその顔は厳しくなり、ある一点を睨んだ。
それにいち早く反応したのはその視線が集中している、日下部君。
「……なんで俺、睨まれてんだ?」
「さぁ、なんでだろう?」
私と日下部君はお互い顔を合わせて首を傾げた。
まさかこの後私と海の同居生活にピリオドを打つかもしれない出来事が起こるなんて、
この時の私は知る由もなかった。