第二章 第一話 俺がいる
「不束な娘ですが、どうぞよろしくお願いします」
「いえいえ。桜音ちゃんは、うちの息子には勿体無いぐらい出来た子です」
「そんなことないですよ」
啓吾さんとうちのお父さんが、謙遜しあいお互い頭を下げあっている。
啓吾さんは在原のお父さんで、情報系のサービスなどを展開している会社の社長さん。
モデルさんのようにカッコよく、啓吾さんの載っている経済誌は部数があがるらしい。
不束な娘って、なんか嫁入りっぽいんですけど。
そう思ったのは私だけじゃなかったらしく、
「なんか桜音が俺のとこに嫁に来るみたいだな」
と迎えに座る在原が口を開いた。
只今逢月家と在原家の両家が、うちのリビングで対面している。
本日両親が日本を立ち、変わりに在原がここに住むようになるため、
挨拶も兼ね在原家がうちに来ていた。
「そういえばみちるさん達、この後新婚旅行に行くんですよね」
「そうなの。一か月なんて私には贅沢すぎるのだけれども……」
そう言ってカップに口をつけると、今時珍しい染めてない髪が肩から落ちる。
みちるさんはブラウスにカーディガン、膝が隠れるまでの長さのスカートという
落ち着いた格好をしている。
「普段家事に追われているのだから、ゆっくりしてきたらいいわよ。
お父さん私もあっちに着いたら、どこか行きたいわ〜」
啓吾さん達はこれから、一か月海外を転々と旅行するらしい。
一か月なんて私には長いように感じるが、世界は広いし、いろいろ見るところがあるから
あっと言う間に過ぎてしまうのかもしれない。
「桜音ちゃんに、たくさんお土産買ってくるから」
「俺には?」
「もちろん買ってくるよ」
啓吾さんは、苦笑いで在原に言葉を返した。
三十分ぐらいしたところで、時計の鐘が別れの刻を告げた。
「そろそろじゃない?」
「そうだな」
もうそんな時間なんだ。
みんなで荷物と一緒に外に止めてある啓吾さんの車に移動した。
このまま四人で空港まで行くそうだ。
「そんな顔しないで桜音。私達行けなくなっちゃうでしょ?」
お母さんは、そっと私の頬に手をかける。
そんな顔……?
どんな顔してるんだろう。わからない。
ただ、もうお別れかと思うと心が少し苦しい。
「火の元と、戸締りに気をつけなさい。あと何かあったら、必ず電話するように」
「あら。お父さんったら、何もなくても電話しなさいでしょ?」
お母さんが笑って言ったけど、私はうまく笑えない。
やばい。視界が滲んできちゃった。
大丈夫だって思ったんだけどな……
自分で選んだんだけど、いざその時を迎えるとやっぱり一人取り残される感覚に陥る。
「俺がいる」
その声と一緒に、右手にぬくもりを感じた。
顔をあげ隣を見ると、在原がいた。
「だから、ちゃんと見送ろう。な?」
私は首を縦に振ると、「……いってらっしゃい」と震える声で両親を見送った。




