第二十九話 ファーストキスは突然に
「おい、逢月。次お前だぞ。時間限られてんだからな」
ちょっと、日下部君。私に何か言う事ないの!?
今度から先輩と遊ぶ時、絶対に声かけてあげないんだからねっ!!
私は日下部君を睨むと、しぶしぶ隣りに置いておいた紙袋を海に差し出した。
「お誕生日おめでとう、海」
「ありがとう」
紙袋の中身は、腕時計の入った小箱とそれから――
「テディベア?」
海の手の中には真っ赤な本を抱えたテディベアがある。
これは、あの時みくに教えて貰ったメッセージベア。
私は自分の気持ちを、このメッセージベアに託した。
念のために、説明がついているタグは外している。
「これってメッセージベアじゃん。しかも赤だし!!」
「赤だと何かあるのか?」
海はその言葉に首を傾げながら、テディベアを見つめた。
「は?もしかして、海知らねぇの?」
「知らない」
「え~っ!?姫が赤のやつくれたのに!?」
どうやらここにいるほとんどの人は、メッセージベアの事を知っているみたい。やっぱ、みくの言った通り有名なのかも。
「桜音。メッセージベアって何だ?」
「メッセージベアってそれぞれ色に意味があって、その人の気持ちを代わりに気持ちを届けてくれるの」
「気持ち……」
「うん」
「そっか。じゃあ、これには桜音の気持ちがあるんだな」
「え」
私は海の行動に思わず固まってしまった。
なぜなら、海がテディベアを抱きしめ始めたからだ。
マズイ。ボタンを押されると、しゃべっちゃう!!
「海っ!!だからそのテディベアとメッセージカードは、後で誰も居ない時に見て」
メッセージカードには誕生日おめでとうというお祝いの言葉と、この間の海の告白の返事が書かれている。
「ん?あぁ、わかった」
海がテディベアをテーブルへと移動させたのを見て、安堵の息を吐く。
「じゃあ、こっちの箱開けて良いか?」
「うん」
海は腕時計の入った小箱のリボンをほどき始める。
よかった。まさか、こんな大勢の所で『好き好き大好き~』なんてしゃべり始められたら、ちょっと……いやかなり気まずいもん。
「――なぁ、こいつデベソじゃねぇ?」
「は?」
日下部君の声に顔を上げると、日下部君がメッセージベアを持っていた。
ちょっと、何してるの!?
それデベソとかじゃなくて、ボタンだし。
「押しちゃダメっ!!」
立ち上がり慌てて日下部君を止めようとしたんだけど、駄目だった。
押しちゃダメというと、押したくなる人間がいる。
日下部君もそのタイプだったようだ。
「好き好き大好き~っ!!」
時すでに遅し。静まりかえった室内に、機械的な声が響く。
「逢月さん、大丈夫ですか……?」
凛さんが気をつかってくれているけど、大丈夫なわけがない。
海には、一人で居る時に知らせたかったのに~っ。
「ご、ごめんなさい」
なぜかわからないが、居たたまれなくなり謝ると、私は鞄を掴み脱兎の如く逃げ出していた。
*
*
*
早く来てよ!!エレベーター!!
祈るようにエレベーターの上部にある数字を見た。
数字は徐々に変わっていっている。
もう少し。
――って、来た。
エレベーターが開くと私はすぐに乗り込んだ。
幸い中には誰もいない。
1のボタンを押し、閉のボタンを押す。
良かった。これで助かった。
閉まりかえる扉を見ながらそう思った瞬間、エレベーターが突然開いてしまう。
それは、誰かの手によるものだった。
「えぇっ!?」
開かれた扉の前に居たのは、海だった。
近づいてくる海から逃げるにも、ここは箱の中。
海をすり抜けなければ、逃げ場はない。
慌てふためく私に海は何を言葉をかける事無く、ただ私の唇を塞いだ――