第二十六話 変わったのは君のおかげ
その人はすぐに見付けることが出来た。
ロビーには書類を眺めているスーツ姿の人や、パーティー前なのかドレスを着た人達など結構人が多く座っていた。
その中から海をすぐに見つけられたのは、彼の容姿が良かったからって訳だけじゃない。
どうしたんだろう……?
私はその光景に首を傾げる。
だって海は何度も携帯のディスプレイを確認したり、ロビーから見える正面入り口の自動ドアが開くのに一々反応しているんだもん。
そんな不審な行動しているから、すぐに見付けることができたのだ。
「海、なんか落ち着かないみたいですね」
そんな海の様子を少し離れた所から見つめ、隣りに居る人に話しかける。
すると私の隣りに立っている人――啓吾さんの様子もおかしい事に気付いた。
なにやら笑いを噛み殺すのに必死になっているらしく、右手で口に手を当ててる。
それでも殺し切れなかった笑いが漏れはじめていた。
「啓吾さん……?」
「あぁ、ごめんね。あれが海なのかと思うと、ついおもしろくて」
「えっ!?おもしろいですか?」
「うん、おもしろいよ。だって、あの海があんな風にしているんだよ?親の僕でも信じられない。本当に桜音ちゃん効果だね。あ~、DVDカメラとか持ってないのが悔やまれるよ」
そんなにおもしろいのかな~?
私にとっては、ただそわそわしているようにしか見えないんだけど。
私と啓吾さんは、海の元へと向かった。
*
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やっぱり驚いちゃうよね。
白いTシャツにロゴワッペンのついた黒の半袖シャツを羽織り、グレーのチェックのパンツ姿の男の人は、後ろを振り返ったままの姿勢で固まっていた。
目を大きく見開き数回瞬きをしている。
「桜音……?」
海は私の名前をつぶやくと、携帯のディスプレイに目を向けた。
たぶん早く来すぎた私を見て、時間を確認しているのかもしれない。
「どうしたんだ?時間までまだかなりあるよな?」
「君と同じで待ち切れなかったんだって。だから早めに来ちゃったんだよね?桜音ちゃん」
「え、あ、はい」
本当はパーティー準備で早めに来てたんだけどね。
海は私が啓吾さんの言葉に返事をすると、満面の笑みを浮かべ「桜音っ!!」と呼びながら急に立ち上がり、両手を広げて私の方にその腕を伸ばした。
えっ!?
一瞬抱きしめられるって思ったんだけど、すかさず啓吾さんが私の肩を抱き体を横にずらしてくれたので抱きつかれずにすんだ。
た、助かった……
さすがにこの人がいっぱいいるロビーではかなり恥ずかしいもん。
ほっとする私とは違い、海は不服そうだ。
啓吾さんを睨んでいる。
「何すんだよ。親父」
「ここはロビーだよ。少しは我慢しなさい。桜音ちゃんに迷惑がかかるだろ?」
海は啓吾さんの言葉にしぶしぶ手を降ろすと、今度は私の手を握った。
「……これぐらいならいいだろ」
えっ!?これってカップル繋ぎ!?
海とは手を繋ぐけど、こんな風に繋いだ事はなかった。
些細な変化なんだけど、気にしちゃう。
「うん。微笑ましいと思うよ」
啓吾さんはクスクスと笑っている。
「しかし、海は本当に変わったね。もちろん、良い方向にだよ?」
「あぁ。それは自覚ある」
「だろうね。これも桜音ちゃんのおかげだ」
「え?」
「桜音ちゃん、ありがとう。君のおかげだ。前はまさか、こういう海が見れるなんて思いもしてなかったからね」
海、変わったのかな?
一緒に住む前って、私あんま接点なかったからよくわかんないよ。
首を傾げる私を、啓吾さんは柔らかな目で見つめていた。