第二十ニ話 桜音だけ
『好きだ』その海の言葉に一瞬何もかもわかんなくなった。
時間も言葉を発する方法も。
ただ一つだけわかる事は、私と海の鼓動の音だけ。
それはどっちらの音かわからないぐらいに溶け合っていた。
「……ほ…んと?」
やっと出たのは、すぐにでもかき消されそうな声だった。
声が震えているように聞こえるのは、まだ現実に戻り切れてないからなのか、それとも本当に震えているからなのか。
「あぁ、本当だ」
その言葉を聞き、海から体を離し顔をゆっくり上げる。
すると海が穏やかに微笑んでいた。
これは現実だよね……?
まるで夢を見ているように、ふわふわと安定していない。
だって私だよ?
聖にも前に言われたけど、私は特別可愛くもないし、これと言って何もない。
それなのに好だって言ってくれているなんて――
「こんな気持ち初めてなんだ」
頬に触れたぬくもり。それは海の大きな手。
いつも海に触れられると恥ずかしさで逃げたくなる。
でも今はそれよりも心地よさの方が上回ってしまっていた。
「……釣り合わないよ」
「わかってる。だが、ちゃんと桜音にふさわしいようになるから」
「違うよ。海がじゃなくて、私がだもん。私は愛海さんみたいに可愛くないし、みくみたいにスタイル良くないから」
「なんでそこで愛海と佐々木が出てくるんだ?」
海は首を傾げた。
だって海はカッコイイし、頭も良いし。
私は何も持ってないのに――
「桜音は桜音だろ。俺は、桜音以外は何とも思わない」
「じゃあ、白石さんは?腕組んで歩いてたもん……」
さっき電話も来てたみたいだし。
容姿的にも家的にも海と合うと思う。
「違う!!あれは言う事聞かないと桜音にバラすって言うから仕方なく、今日だけって約束で言う事聞いたんだ!!」
「私に何をバラすの?」
「うっ。それは、その……」
海は口ごもりながら視線を泳ぎ始めてしまう。
「とにかく、俺は桜音だけなんだ。信じてくれ」
まるで捨てられた子犬のような顔をしている海と目があった。
無言でそれを見ていると、眉を下げた海に「桜音……」という、すがりつくような弱々しい声で名前を呼ばれてしまった。
「……うん。信じる」
「ほんとか!?ありがとう」
「えっ、ちょっ」
力いっぱいギュッと抱きしまられてしまった。
なんか、子供みたいで可愛い。
私は、海の背中に手を回した。