番外編 バレンタイン企画 欲しいものは一つだけ
海視点の過去編です。
桜音を最初に見たときは、拍子抜けした。
まったく想像と違っていたから。
親父が可愛い可愛いを連呼していたものだから、勝手に想像してしまっていたのだ。
涼の隣で笑うあいつは、あまりにも普通そのもの。
身長も高くも低くもなく、顔もスタイルも飛びぬけて良いってわけではない。
――でもいつからか俺は、そいつから目が離せなくなってしまったんだ。
今日は2月14日。甘いものが嫌いな俺は、この日は好きでは無い。
でも、今年は違う。
初めてチョコが欲しいと思ったし、初めて人がチョコを貰うのを羨ましいと思った。
あいつは誰にあげたのだろうか――
「おかえり」
玄関先での思わぬ俺の出迎えに、靴を脱ぎかけていた親父の動きが止まる。
そりゃ、驚くだろう。
俺が親父を出迎えるなんて、ガキの頃以来だからな。
「何かあったのかい?」
滅多に見れない光景に親父が顔を顰めて尋ねてきた。
「ちょっと、欲しいものがあるんだ」
「なんだ。驚かさないでくれよ」
苦笑いで答えながら、二人リビングへと向かう。
「それで、一体何が欲しいんだい?」
ネクタイを緩めながら、親父が尋ねてきた。
俺は親父が鞄と一緒に置いた大きめの紙袋を持った。
「コレ」
「それ、君の嫌いなチョコだよ?それに、君の方が貰っているだろう」
「貰ってない」
直接渡されたのは断ったし、机の中やロッカーに入っていたやつは人にあげた。
俺が欲しいのはただ一つだけ――
紙袋を漁ると、そこには綺麗にラッピングされた箱が数十個入っていた。
そこから水色の包装に青いリボンのラッピングが施された物を抜き取り、残りを親父に返す。
その光景を不思議そうに見ていたが、納得したらしく一人頷いている。
「よくわかったね」
涼も同じラッピングで貰っていたからな。
中身も同じなら、桜音手作りの生チョコ。
「欲しいなら、欲しいって桜音ちゃんに言えばいいじゃないか」
「言えるかよ」
話したこともない人間から行き成り「チョコが欲しいです。」なんて言ったら、あいつがどんな反応するか分かり切っている。
「以外とヘタレなんだな」
「うるさい」
これ以上とやかく言われるのが嫌だから、部屋へと移動する事にしよう。
「ホワイトデーのお返しは、こっちで用意するから。親父からとして渡してくれ」
「僕の分もチョコ少し残しておいてくれよ〜」
こんな回りくどい事をしても、どうしても食べたかった。
来年こそは、桜音に直で貰いたい。
その為にはどうやって近づくか……――
キッカケが欲しい俺に、チャンスが訪れるのは少しだけ先の話。