第二十話 ファーストキス騒動 終結?
「桜音のファーストキスがお前だと……!?」
呟く様に言った海の言葉を聞いて、私は思わず頭を抱えたくなった。
や、やばい。完全に聞かれちゃったよ。
でもあれは事故ちゅーだったし。
消毒とか言わないよね……?
前回の「罰と消毒」の件を思いだし、思わず頬に熱が集まってしまう。
だがそれと同時に、外国の女の人がプリントされたTシャツに、ブラックデニムという格好の海を見て、やっぱり送られてきたのは海なんだって思ってしまい胸が痛んだ。
「どういうことだ」
低く唸るような海の声に、日下部君の大きな体がびくつく。
「ちょ、待て!!俺は、何も知らねぇっうの!!」
「なら桜音が嘘ついたっていうのか」
「は?んなこと知らねぇし!!っうか、俺マジ身に覚えねぇんだよ」
なんでこんな緊迫した状況になるの!?
胸倉を掴まれ青ざめた日下部君に、眉がつりあがり鋭い眼で睨んでいる海。
とにかく、止めなくっちゃ!!
「――え」
止めるために海達の元に駆け寄り海の腕に触れるが、私はそのまま動けなくなってしまう。
それはふわりと漂ってきた甘ったるい香りが原因だった。
もしかして、あの女の子の香水?
頭に浮かぶのは、あの写メの映像。
「嫌いっ!!」
気が付いたら、海から離れてみくの背後に隠れちゃっていた。
ギュッとみくの服を握りしめながら、唇を噛みしめる。
「どうしたのよ?」
「あの匂いやだっ」
「は?匂い?」
あの香水の香りが嫌なんじゃない。
あの女の子の香りが海についたのが嫌。
……うぅ。もしかして嫉妬深いのかな?私。
「あ~、だそうだ在原海。桜音が嫌なのは、その甘ったるい香りなんだってさ。だから嫌われたとかじゃないから、そんな死にそうな顔する事ないんじゃない?」
は?死にそうな顔?
ちらっと海の様子を伺おうとしたけど、海がものすごい勢いでドアの方へと走り去っていってしまったのでそれを見る事は出来なかった。
*
*
*
「さっきは心臓が止まるかと思った……」
それはこっちの方なんですけど~~~っ!!
私は海に背後から抱きしめられるような格好で、海の膝の上に座らせられている。
っていうか、みく達いるのにっ!!
「何を大げさな事をって、あんたの場合は言えないわね。桜音バカだから」
……なんでみくも日下部君も普通にしてんの?
二人とも私と海が座るソファの反対側に座っているけど、何事もないようにしている。
「もう香水の香りしないだろ」
「……うん」
それはしない。
海はあの後シャワーを浴びに行ったらしい。
ちゃんと拭かないで戻ってきたから髪とか濡れたままだしTシャツには張り付いているしで、最初「雨に振られたの?」って感じの格好だった。
今はちゃんと髪も乾かして濡れていない新しい服に着替えて貰っている。
「なぁ桜音。桜音のファーストキスの相手が日下部なんかって本当なのか?」
「おい。なんかってなんだよ。っうか、そもそも身に覚えがねぇって言ってるだろうが」
「うん。その事なんだけど、実はね……――」
私は中学の時自分の身に起こった事を全部話した。
不良に絡まれた事や階段から落下した事を話している時など、時々私に回されている海の腕に少し力がこもる時があったけど。
「それで、お前は身に覚えがあるのか?……って聞くまでもなさそうだな」
海はため息を吐くと日下部君を見た。
日下部君ってポーカーフェイスとか苦手みたい。
もう、完全に目が泳いでいる。
「だから事故なんだよ!!事故」
「それはわかった」
「は?マジで?んじゃあ、お咎めなし?」
「咎め?なんでそんな事する必要があるんだ。お前が、いなければ桜音が大怪我していたかもしれない。むしろ礼を言うよ」
海は日下部君にそう言うと、「無事でよかった」と言いながら私の頭を撫でた。
よかった~。これで全て丸く収まったみたい。
――なんて安堵してたけど、数時間後みく達が帰った後このリビングに私の叫びが木霊する事態になるなんて知る由もなかった。