第二十話 ファーストキス騒動 はじまり
もうちょっと早く電気点いてよ……
さっきまでは暗闇の世界だったのに、いまではすっかり光が戻って来て、テーブルや観葉植物のある場所まではっきりとわかる。
ちょうどタイミング良く、私がバランスを崩し日下部君に倒れ込んだ所で停電が復旧し明かりが点いたのだ。
でも良かった。
日下部君が抱きとめてくれて。
じゃないと、テーブルとかに頭ぶつけてたかもしれないもん。
ただ、日下部君を押しつぶしてるみたいな感じでちょっと申し訳ないけど。
「桜音、大丈夫!?」
「うん、平気」
もぞもぞと動き、顔を日下部君の鎖骨あたりからみくへと移そうとしている最中、ちょっと気になるのを見つけてしまった。
それは右鎖骨にある、ほくろ。
斜めに三つあって、普段は気付かないぐらいの大きさだけど、このぐらい至近距離だと見える小さいもの。
――あれ……?これ、どっかで見た事あるような……
「おい、逢月。怪我とかねぇなら、さっさと退け」
「え。あ、うん。ごめんなさい」
きっと気のせいだよね。
そう思い深く考えず上半身を動かし日下部君から離れる。
そしてピザ屋さんにデリバリーを頼むために、電話のある部屋の隅へと移動した。
「漫画とかだと、こういう時って弾みでキスしちゃってたっう事あるじゃん。ほら、事故チューみたいな」
「縁起でもねぇ事言うんじゃねぇ。そうなったら、俺の身が危ねぇだろ!!」
何で身が危ないんだろう?
私は首を傾げながら、聞こえてくる日下部君とみくの会話に首を傾げた。
「は?何マジで返してんの?んなこと、実際にあるわけないじゃん」
「それが実際あんだよ。中学の時、坂上公園の階段で。歩いてたらヤンキー達に絡まれてる奴がいてよ、そいつが足滑らせて落ちてきたのに巻き込まれちまったんだよ」
――……え。
「へ~。そんな事、本当にあるんだ。まさか、あんたそれがファーストキスとか?」
「んなわけねぇだろ。でも相手がそうだったらしくよ、泣かれちまった」
ちょっと待って。それって、何か……
その話に心当たりがあった私は、思わずピザ屋さんの広告を探す手を止めた。
*
*
*
私のファーストキスは、いわゆる事故チューってやつ。
中学二年の秋、お母さんに頼まれて学区外の北区にある、お兄ちゃんの家に行く途中だった。
その時暗くなってきたからって、近道がてらに坂上公園を通ったのが運が悪かったんだと思う。
私はたまたまそこにいた不良の人達に目を付けられ、追いかけまわされてしまったのだ。
そしてさらに運が悪い事に、逃げる途中で階段から足を滑らし落下してしまった。
そっからは、漫画とかで良くあるパターン。
転げ落ちる時に、人を巻き込んでしまい一緒に転げ落ちてしまったのだ。
顔はあまり覚えてないんだけど、その人が金髪に学ラン姿の男の子と言う事だけは覚えている。
その男の子も私も幸いな事に大きい怪我とかはしなかったんだけど、二人倒れ込んだ弾みでその時に事故チューしてしまったのだ。
ただでさえ巻き込んでしまって悪い事をしたのに、私ってばその時ファーストキスだったから、号泣してさらに迷惑かけまくっちゃったんだよね……
あ~、なんかだんだん思い出してきた。
その後その子が不良を追い払ってくれて、日下部病院に連れて行ってくれたんだっけ。
なんか頭とか打ってるかもしれないから、一応念のためだって言って。
そう言えば、今思うとすっごく面倒見が良かった人だったような気がする。
お兄ちゃん達に電話して呼んでくれたし、迎えくるまで傍に居てくれたし。
あれ?その子名前なんだっけ……
何とか思い出そうとするけど、私の記憶じゃ無理みたい。
ただふと思い出したのは、検査を担当してくれた女医さんの事を「姉貴」って呼んでた事。
検査中とかその女医さんと話した時、ここの病院の娘さんって言ってたから、日下部病院のご令嬢って事は確かだよね。
あれ?って事は、その男の子も日下部病院の関係者って事じゃん。
……ん?日下部病院?
辿り着いてしまった答えに気をとられ、手から広告がするりと抜け床に散らばるように落ちる。
――もしかして
「ねぇ日下部くん!!私のファーストキスって、もしかして日下部君なの!?」
そう叫んで日下部君とみくの方を振り向いた瞬間、言った事を後悔した。
だって私の視界にはソファに座って口をぽかんと開けている日下部君とみく、それからドアに手をかけたまま目を大きく見開いている海が映し出されたから。