第十九話 真相は本人に聞かないとわからない
世の中には似ている人が三人はいるっていう。
だから私もそんな淡い思いを期待していたんだ。
ほんのわずかの砂粒ぐらいのものだけど――
私はピンク色の携帯画面をじっと見ている人を、テストの答案用紙が返却されるのを待つように、やや強張った面持ちで見ていた。
その人は紫と白のタンクトップを重ね着し、迷彩のカーゴパンツという姿で、ソファに座っている。
携帯を見ている人――日下部君は、ほんの三・四秒ほど画面を見たかと思うと、すぐ携帯をこっちに返してきた。
「そんで、どうなのよ?」
静まりかえったリビングの中、隣りに座っているみくの声がやけに響く。
その催促を聞き、日下部君が口を開いた。
でもそれはほんのわずかな希望を否定する言葉だった。
「海だろ」
やっぱ、海なんだ……
日下部君の言葉に私はうな垂れながら、受け取った携帯の画面を見た。
そこに映し出されているのは、腕を組んで微笑みあっているカップル。
外国の女の人がプリントされたTシャツに、ブラックデニムという格好の海と、
グラデーションのかかった白と緑のマキシ丈ワンピースに、麦わら帽子姿の美女。
綺麗な女の人は、海の腕に絡まる様にして腕を組んでいた。
すっごくお似合いな二人。
それはきっと、他の人が見ても思っちゃうはず。
「双子の兄弟とかじゃなくて!?」
「いや、これどっからどう見ても海だろ。っうか、あいつ一人っ子だし」
「じゃあ、何?あいつ、桜音の事諦めて他の女と付き合ってんの!?」
テーブルから身を乗り出し、日下部君の襟元を掴み上げ詰め寄ってしまったみくを、私は慌てて止めに入った。
「みく!!」
そんなみくをなんとか落ち着かせようとするけど、なかなか上手くいかない。
すると、日下部君が「あ~、うぜぇ」と言いながら、自力でみくの手を掴んで引きはがした。
「あいつが逢月の事諦めるわけねぇだろ!!お前だって知ってるだろうが」
「知ってるっうの。だから信じられないのよ。アタシが桜音に抱きついたりしただけで、
あんな視線向けてくるような独占欲の塊みたいな男が、他の女と楽しそうにしてるなんて。何か弱みでも握られてんじゃないの!?」
「――かもな」
……え。
私とみくは、その言葉に思わずお互い目を合わせてしまった。
「何、マジなの?」
「んなこと本人に聞かねぇとわかんねぇよ。ただ、この女と海がそういう関係じゃねぇって事だけはわかる」
「あんた、この女が誰なのか知ってんの?」
「あぁ。この女は、白石彩。お前ら、白石病院って聞いた事あるだろ?」
「うん。たしか、『日下部病院』と並ぶぐらい大きい病院だよね」
白石病院も日下部病院もこのあたりでは、有名な大病院。
だから知らない人なんていないはず。
「こいつは、そこの一人娘だ。顔は良いが、性格がものすごく最悪。まぁ、甘やかされて育ったのか、すっげーわがままなんだよ。けど最近なんか好きな奴が出来たとかで、少しずつまともになって来てるけどな」
「まさか、それが在原海の事!?」
みくの声がうるさかったのか、日下部君は一瞬眉を顰める。
「……違ぇよ。なんか、どっかの美大生。一回見た事あんだけど、すっげー冴えねぇ奴だったような気がする。つうか俺なんか呼び出すより、海本人に聞けよ」
「それが、電話もメールも送ってんのに返事返って来ないのよ」
「なんだよ、アイツ気づいてねぇのか。とにかく、あいつに聞かねぇとわかんねぇんだよ」
海が家に帰って来たら、ちゃんと聞いてみようかな。
もしかして、日下部君の言う通りかもしれないし。
でも、もし彼女とかだったら――
そんな事が一瞬頭をかすめ、思わずスカートの裾を握った。
「つうか、腹減んねぇ?ピザでも頼もうぜ」
「あ」
そうだった。
すっかりこの騒ぎで忘れちゃってたけど、私たちまだ夕飯食べてなかったんだっけ。
時計を見詰めると、七時半だった。
食欲ないけど、みくと日下部君はきっとお腹すいてるよね。
「ごめんね。今、ピザ屋さんに電話を……――」
慌てて立ち上がろうとしたら、急に視界が闇に包まれてしまった。
うそっ。停電!?
「最悪。停電じゃん。桜音、懐中電灯かロウソクある?」
「う、うん。ちょっと待ってて」
まだあまり時間が経ってないから目が慣れてないため、あまり見えない。
たしかテレビ台の近くに懐中電灯が……
「テーブルとか気をつけなよ」
「うん。大丈……――」
私の返事は鈍いガンっという音のせいで途中で途切れてしまった。
「――っ」
もう声にならない。
「おい、大丈夫か?」
日下部君の声が耳元で聞こえてくるが、大丈夫じゃない。
正直、痛すぎる。
スネと小指をテーブルにぶつけたあげく、バランスを崩して倒れてしまったのだ。
だが幸いなことに、倒れたのが日下部君が座っていたソファだったため、私は何とか抱きとめられた。
日下部君を巻き込む形にはなったけど。