第十三話 只今、かん口令発令中。
「一体これはどういう事なんだ!!」
スタジオの中に海の怒鳴り声が響く。
海は腕を組んで日下部君と聖を睨んでいた。
その視線は鋭く思わず後ずさりをしてしまいそうだ。
うわ~、やっぱ大人っぽい。
そんな空気の中、私は一人海に見惚れていた。
いつもの制服や私服と違って、今日の海はグレイのストライプタイプのスーツに水色のネクタイ、
それに無地の白いワイシャツを着用している。
海は時々こうしてスーツで出掛ける時があった。
それはほとんどが啓吾さんの会社に経営の勉強をしに行く時だったり、パーティーだったり、ほとんどがお仕事関係の時だ。
今日もスーツ着ているから、お仕事関係かもしれない。
「あ~、これはなんていうかよ、あれだ。あれ」
私の隣では日下部君がしどろもどろになりながらも、なんとか誤魔化そうとしている。
一方の聖の方はというと、落ち着いて海の睨みを流していた。
「海、どうしてここにいるの?」
「今は俺の事なんてどうでもいい。それよりも桜音、一体その格好はなんだ」
「一応天使だよ」
私の今の格好はパフスリーブの白い膝上のワンピースに、紐で締めるタイプのコルセットを巻いている。
ワンピースは、裾の部分をパニエで膨らませたり、リボンやフリルがふんだんに使用されるなど甘めだ。
そして首には花のコサージュのチョーカー、背中には天使の羽。
その上、金髪のウィッグにブルーのカラコンをつけている。
「天使に見えない?」
「いや、見える。あまりに似合いすぎて、最初見た時本物の天使かと思ったぐらいだ」
「……え。それはないと思うよ……」
だって日下部君なんて、これ見た時「幼稚園のお遊戯会か!!」って言ってたもん。
なんかもっと神聖なものにしたかったのに、かなりイメージが違うものになったらしい。
そもそも私にそれを求めるにはハードルが高すぎると思う。
「それで、桜音はどうしてこんな愛らしい格好しているんだ?」
海は穏やかな微笑みを浮かべながら、私を見ている。
愛らしいのか……?という疑問は浮かんでくるが、海がそう言ってくれるなら少し嬉しいかも。
「内緒」
「そうか、内緒か~。――で?日下部、帰るならこの状況を説明してから帰れ」
あ。今、途中から声のトーン明らかに変わった。
海の言葉に扉に向かってこそこそ逃走中の日下部君の大きな体がビクッと動く。
「っうか、なんでいんだよ~!!今日お前入ってなかっただろ」
「親父の仕事の付き合いだ。ついでに聖に顔出しをしようとしたら、桜音もいるしお前もいるし。
それで、ここで何してんだよ?」
「まだ言えねぇよ!!」
それにしてもなんで隠したがるんだろう?
ただ私をモデル代わりにして「撮影練習してました」って言えばいいだけなのに。
どうやら日下部君はこの事を海に内緒にしたいらしい。
そのため私を含めスタイリストさんなどスタッフ全員に、かん口令が敷かれている。
「まさか、また桜音使って妙な事考えてるんじゃないだろな?」
私に向ける柔らかな視線とは打って変わって、
海はまるで肉食獣が獲物を狙うような視線で日下部君を見ている。
その視線に負けたのか日下部君が口を開きかけたんだけど、
それが音となって私達の耳に届く事はなかった。
てっきり日下部君がしゃべると思っていたら、聖がしゃべり出してしまったからだ。
「ねぇ、海。桜の姫が他の男に触られるの嫌?」
「は?急に何言ってんだよ。そんなの当たり前だろ」
「そう。じゃあ、どうしようか?海が運ぶ?」
聖は顎にてをかけ首を傾げ、海に尋ねる。
「お前、一体何が言いたいんだ?それとこの状況何か関係あるのかよ?」
「関係はないよ。別に大した事じゃないけど、一応言っておかなきゃと思ってさ。
桜の姫さ、愛海に引っ張られて転倒したんだ。姫が海の寵愛を受けてんのがお気に召さないみたい」
「はぁ!?大丈夫なのか!?」
「え?うん。全然平気」
っていうか、少し落ち着いて。
海は私の両肩に手をおき、ゆすりながら尋ねてきた。
「愛海、どういうつもりだ。話があるなら、俺が受ける。今後一切桜音には手を出すな」
愛海さんは青ざめて震えている。
無理もない。
だって海の周りの温度マイナスの世界だし、声だって地を這うような声だし……
「姫、足捻っちゃったんだって。これから病院に連れて行きたいんだけど、海どうする?」
あ、聖言っちゃダメっ!!
海、心配性だから絶対大騒ぎになっちゃう!!
私の想像通り、数秒後私を抱きかかえた青ざめた海が廊下を全力疾走していた。