第十一話 愛海
スタイリストの相川さんやメイクの笠井さんの制止を聞かず、カツカツとミュールの音を響かせながら、その女の人は私達の前へとやって来た。
白い半袖のパフスリーブのカットソーに、ドット柄のベアワンピースを重ね着していて、ワンピースには赤い太ベルトを巻いている。
「どうしてここに……?」
名前を聞かずとも、私はもうその人が誰なのかを知っている。
だってこの人は――
スッと通った鼻に目力抜群のぱっちりな目、グロスによって薔薇のように色づけられた唇。
本来なら長い明るい茶色の髪は、編み込まれショートカット風にされている。
笑うとえくぼが出て可愛いんだけど、無表情なのでそれは見えない。
――どうして愛海がここに!?
整った顔に、スラリとした体に長い脚。
それはまるで雑誌から飛び出してきたモデルさんのよう……――じゃなく、この人は正真正銘本物のモデルさん。
彼女が専属モデルをしているファッション雑誌は、私も愛読中。
本来ならそんな人が目の前にいるので、驚きのあまりテンションがあがるはずなんだけど、この状況じゃそうはいかない。
「まさか、あんたが逢月桜音?」
腕を組みながら愛海さんは、刺すような視線で私を見下ろしている。
背高っ。
日下部君と視線一緒ぐらいだから170㎝は絶対に超えているはず。
私の身長は155㎝なので愛海さんを見上げる形になる。
「そうですけど……」
おどおどしながら返事をすると、鼻で笑われてしまった。
「こんな大掛かりなセットまで用意して、まさかモデル気どり?」
「あ、いえ。別にそんなつもりじゃないです」
たしかにセットが大掛かりって事は同意する。
まるで雑誌か何かの撮影してるみたいだもん。
だってシャンデリアとか、アンティーク風の赤いベルベットのソファとか、セットがちゃんと組まれてあるんだよ?
「だったら今すぐ辞めなさいよ。みつともない」
み、みっともない……
確かにこういう格好は、可愛い子がやればいいと思うけど。
でもさ、これそもそも写真撮影の練習だし!!
そう、これはあくまで練習。世に出るわけじゃない。
「まさか自分で似合ってると思ってるとか?」
「いえ……」
「でしょうね。だってそれ酷過ぎるもの」
愛海さんは吹き出して笑い始めた。
――もう嫌だ。
笑われてまでやりたくないもん。
「もう無理」って断ろうと日下部君の方の様子を見ると、カメラをいじっていた。
ちょっ、まさかこの状態で撮影するの!?
「日下部く――」
日下部君に声をかけようとしたんだけど、急に走った手首の痛みに言葉が止まってしまう。
痛い……
痛みに顔を顰めながら手首を見ると、愛海さんが私の手首を掴んでいた。
「まさか、撮影続ける気じゃないでしょうね」
だからそれを今から聞こうと……
「さっさと着替えて帰ったら?すっごい目ざわり」
ぐいっと引っ張られ、前に体重がかかってしまった。
やばっ。
大抵やばいって思ったら、もう遅い。
この時の私は衣装としてヒールが高めのブーツを着用していた。
しかも十五センチはあるんじゃないかってぐらいのもの。
そんなの履くの初めてだから、私はまだまともに歩く事が出来ない。
そんな状況でバランスを崩してしまったらどうなるかなんて、もうわかりきっている。
長いので区切ります。