第九話 気づいちゃったかも
海の部屋って本当にシンプルだ。
鉄製のベットと、ブラックの木製の机、それから収納ケースや香水が保管されているスチールラックしかない。
雑誌やスウェットなどもフローリングに置かれてないし、どこもかしこも綺麗に整理整頓されている。
そんな室内には「あ、あの……その……」という、私のしどろもどろな台詞がBGMがわりに何度も繰り返されていた。
「……ごめんなさい」
「いいよ、桜音。ゆっくりでいいから」
きっと日下部君ならとっくに「さっさと要件を言え!!」ってキレてるはずだ。
それなのに海は私が言い出すのを待ってくれている。
海って、ほんと優しい。
「うん。あのね……その……海って……」
私はまたそこから先がなかなか言えなかった。
一体いつになったら、このスパイラルから逃れられるの!?
それに海にもいろいろ予定あるし、早く言わなきゃ。
机の上にある、さっきまで海が使っていたノートパソコンに目を向けると、
画面はすっかり省エネモードになっていて、オレンジ色のランプだけが点灯していた。
その隣には書類の束が置かれている。
海は圭吾さんの所で、経営の勉強をしているみたいだからそれ関連の資料かもしれない。
これ以上いたら海の邪魔になっちゃうよ。
それに、そろそろ正座がキツイ。
足の感覚がなく、これは絶対もうそろそろ痺れてくるはずだ。
そうなったら部屋から出れなくなっちゃって、ますます海の邪魔になっちゃう。
よしと私は心の中で気合いを入れ、私は意を決して口を開いた。
「あのね、海って最近誰かとキスした事ある……?」
「は?」
海は目を大きく見開いて、こっちを見ている。
そりゃあ、そうだよね。
いきなりこんな事聞かれたら、誰だって驚くはず。
でもやっぱり、昨日、日下部君が言った事が気になってしょうがないんだもんっ!!
「――あるよ」
えっ!?本当に撮影でモデルさんとキスしたの!?
海の言葉に思わず海の腕をつかむと、海が声を出さすにクックッと喉で笑った。
「桜音は、もう忘れちゃったのか?ついこの間の事だぞ」
そう言って伸ばされた海の手が私の頬に触れる。
もしかして……これは――!!
とっさに近づいてきた海の唇を手のひらで塞ぐ。
先手必勝。やっぱ思った通りだったし!!
海がなぜか不満そうな顔をしてるけど、今はとりあえず気にしない事にする。
「違うの~!!私以外の人とって事!!」
私は手のひらをはずし、海の唇を外気に触れさせた。
「桜音以外と?」
「うん」
「あるわけないだろ」
海は私の目を見てきっぱりと断言した。
「本当!?」
「本当。なんで俺が桜音以外とキスしなきゃならないんだよ」
海はそう言って私の事を抱き寄せると、ギュッと抱きしめた。
「大体俺がキスしたり、こうして触れたいって思うのは桜音だけだ」
「私だけ……?」
「ああ。桜音だけだ」
心臓の音もやばいけど、それ以上に嬉しい。
海がこうしてくれるのが、私だけって事が。
「絶対?」
「ああ、絶対」
私はその言葉を聞くと海の背に手をまわし、ギュッと抱きしめ返す。
少し伝わってくれると良いな。私も海と同じ気持ちだよって。
まだ言葉にして伝えられないから。
……あれ?
今、もしかしてって思ったことがある。
海って、私以外とキスとかしないんだよね?
それってもしかして――
でも、海が私なんか……
私はこの時自分の事で精いっぱいだったため、海が時間が止まったかのように
動かなくなってしまっていたのに気付かなかった。