最終章 第一話 莉緒
なんでこうなったの?
ついさっきまで四人で仲良くおしゃべりしてたじゃん。
リビングの中には外から聞こえるセミの鳴き声と、私と涼の二人分の溜息だけが聞こえた。
私の頭を悩ますその原因は、テーブルを挟んで向かえ側に座っている小学生ぐらいの女の子。
彼女はひたすら私の隣に座っている海を睨んでいる。
一方睨まれている海は、別にそんな事など気にする事なく珈琲を飲んでいた。
「莉緒、止めなさい」
涼に注意された莉緒と呼ばれた女の子は、海から視線を外すことなく無視という形でそれを拒絶する。
彼女は、涼の妹の『水谷莉緒』ちゃん。
莉緒ちゃんは、近くの小学校に通っている六年生。
私たちはこれから、莉緒ちゃんの大好きな『聖』に会いに行く事になっているのだ。
そのため、今日の莉緒ちゃんの格好は実に可愛いらしい。
肩につくかつかないかの長さの髪には極細のカチューシャ、服は水色のワンピースに白のボレロを羽織っている。
普段の莉緒ちゃんは動きやすい格好なんだけど、やっぱ好きな芸能人に会えるからか、かなり気合いが入っているみたい。
聖っていうのは、今女の子に大人気のモデルさん。
その活動の幅は広く、雑誌だけじゃなくドラマやCDなどいろいろだ。
莉緒ちゃんが聖のファンだという事と、莉緒ちゃんの誕生日が近い事を海に話したら、
なんと海が聖と知り合いらしく会わせてくれる事になったんだけど……――
四人で迎えの車が来てくれるのをお茶しながら待っていたんだけど、急に莉緒ちゃんが今みたいになってしまったのだ。
早く迎えの車が来て聖に会えば、莉緒ちゃんのこの状態も治るかな。
でもどうして急に海の事睨みはじめちゃったんだろ?
「……桜お姉ちゃん」
「ん?」
「お兄ちゃんの事好き?」
「はぁ?」
莉緒ちゃんはやっと海から視線を外すと、急にそんな質問をしてきた。
その突然の突拍子もない質問に間抜けな声が出てしまう。
この質問と海を睨んでいるの何か関係があるのかな?
よくわかんないけど、涼の事は好きだし『大好きだよ』って答えておこう。
「だ……――」
『だ』までは出たけど、それからの台詞が出せない。
なぜなら大きな手が私の口を塞いでいたからだ。
「ん〜!!」
「悪いが、俺以外に言うその言葉なんか聞きたくない」
海の手を引き剥がそうと、海の腕を両手で掴みながら海を見る。
すると眉間に皺をよせ、不機嫌オーラを纏った海が今度は涼を睨んでいた。
それを涼は苦笑いで受けている。
なんで!?
「やっぱり!!あんた桜お姉ちゃんの事――。冗談じゃない。絶対に二人の邪魔なんかさせないんだから!!」
「莉緒、俺たちの事は放っておいてくれ」
「放っておけるわけないでしょ!!だいたいなんでそんなに冷静なのよ。桜お姉ちゃんとられちゃうかもしれないんだよ!!いいの!?」
莉緒ちゃんは涼の両腕を掴んで強く揺すっている。
涼はそれに何かを言おうとしたのか、唇をわずかに動かせたけど言葉を発する事はなかった。