彼女の好きな人(下)
「はい、あ〜ん」
桜音がカップからオレンジ色のアイスをすくうと、スプーンをこちらに差し向けてくる。
でもそれを頬張ったのは俺じゃなくて、俺の膝の上に座っている男の子だった。
「……うまそうだな。蓮都」
「うん。うまいっ!!」
だろうな。桜音に食べさせて貰っているんだから。
ああ、俺も食べたい。
俺を玄関で出迎えてくれたこの子は、逢月蓮都。
桜音の兄さんの子供――つまり、桜音の甥っ子だそうだ。
来年から小学校にあがるって桜音が言っていたから、五・六才ぐらいだろう。
ご両親が結婚記念日らしく、今晩預かることになったそうだ。
「海にぃ、海にぃ」
蓮都の方を見ると俺の口元にアイスの乗ったスプーンを差し出してくれていた。
それを口に入れると、冷たさと共にチョコレートの甘さが口の中に広がっていく。
「おいしい?」
「ああ。おいしいよ。ありがとう、蓮都」
頭を撫でてやると、蓮都は太陽みたいな笑顔を見せた。
可愛いな。
蓮都は元々人見知りしない性格らしく、初対面の俺にもすぐに懐いてくれた。
もし仮に俺にも弟ができたら、こんな感じになるんだろうか。
まぁ、それはあの二人次第だな。
「ん?蓮都どうした?」
蓮都がテーブルに向かって手を伸ばして何かを取ろうとしている。
ああ、携帯か。
蓮都の手の先には、テーブルの上に乗った俺の黒い携帯が置いてあった。
「蓮都ダメ。それ、海のだから」
「写真撮りたい」
「それなら、私の貸すから。ね?」
「いいよ、俺の携帯使っても」
「でもほら、壊しちゃうとあれだし……」
桜音はそう言って、蓮都に携帯を渡した。
だが、蓮都は写メを撮ること無く画面を見たまま動かない。
「どうしたの?蓮都。もしかして使い方わかんない?
あのね、カメラのイラストあるでしょ、それを押すだけ――って聞いてる?」
蓮都は変わらず画面を見たまま動かない。
さすがに変に思ったのか携帯の画面を桜音も覗くと、顔を赤くしてすぐさま携帯を蓮都から奪い取るようにして取り上げてしまった。
なんだ?
「忘れてた……」
桜音は半泣きになりながら、携帯を握りしめている。
「蓮都、明日恐竜展連れていってあげる!!」
「ほんとか!?」
「うん。お菓子も買ってあげる。だから……――」
桜音は小さい声で蓮都に何かを言うと、蓮都が笑顔で首を縦にふっている。
一体、なんだったんだ?
「蓮都、約束出来る?」
「うん。俺、いわないよ。桜音の携帯が海にぃだって」
「蓮都!!」
桜音が蓮都の口を塞いだ時にはもう遅く、俺はそれを聞いてしまっていた。
桜音と目が合うと、蓮都の口を塞いでいた桜音の手が力無く下がっていく。
「携帯が俺って蓮都。それどういうことだ?」
「あのね、桜音の携帯開いたら、海にぃが眠ってたの」
それって、待ち受けが俺の寝顔っていう事か?
『あいつの携帯の待ち受け。それみれば一発でわかるぜ』
――桜音の好きな奴は俺?