彼女の好きな人(中)
桜音の好きな奴に一人だけ心当たりがある。
桜音を好きになってから、俺はそいつの事が羨ましくて妬ましくてしょうがなかった。
誰よりも桜音の近くにいるあいつの事が――
ガラス越しに中庭を覗くと、数人の生徒が弁当を食べたり昼寝をしたりと、思い思いに昼休みを過ごしていた。
その風景の中で俺はただ一点だけを見ている。
「何見てんだ?」
「……別に」
日下部が紙パックの飲み物を飲みながら、俺の隣に立ち中庭を覗きこむ。
「ああ、あれか」
すぐにわかったらしく日下部の視線の先には、俺がさっきまで見ていたものが映し出されていた。
そこにいるのは、一組の男女。
女が男に膝枕をして貰いながら眠っていて、時折男が女の頭を撫ででいる。
「あ〜っ!!逢月さん、水谷君に膝枕してもらってる!!」
「え?どこ?どこ?」
「ほら、あの一番大きい桜の木の下」
廊下を歩いていた二人の女子生徒達が足を止め、俺達と同じように窓際に近づくと中庭を眺めた。
「えっと……あ、いたいた。ほんとだ。いいよね、ああいう彼氏」
「うん。私もああいう彼氏が欲しい!!」
「……あんた彼氏いるでしょ」
「それがさ、聞いてよ。アイツさ――」
桜音と涼はお互いを大事に思いあっていると思う。
そう感じるのは、俺だけじゃなく周りの奴らもそう思っているはずだ。
周りから二人は付き合っていると思われるぐらいだから。
「もしかしてお前の様子が最近変なのはあいつらが原因か?」
「俺はいつもと変わらない」
「うそつけ。周りにバレてるぐらいおかしいぞ。だから、逢月も心配してああなってんじゃねぇか」
「なんだよ、それ」
「お前の様子が心配であんま寝てねぇんだと。だから、水谷が無理矢理でも眠らせようとしてああしてるわけ。
あいつ目の下のクマ酷かったからよ」
桜音が俺の事を心配してくれているのはわかっていた。
時折何か言いたそうに見ていたし、大丈夫?などと気遣いの声をかけてくれていたから。
でもまさか、眠れなくなるまで心配してくれていたとは。
不謹慎ながら、少し嬉しかった。
「んで、結局何だよ。お前が落ち込む原因って。まさか、今さらながらあいつらの仲の良さとかじゃねぇだろうな」
「違う。どうやら、桜音には好きな奴がいるらしいんだ」
俺がそう切り出すと、日下部は大きく溜息を吐きだした。
「何、まさかそれが水谷だっていいたいわけ?あるわけねぇじゃん」
「あるわけないって、なんでお前にそんな事がわかるんだよ!!」
日下部のくだらないとばかりの言い放った言葉が感に障り、自然と口調が荒くなる。
「知ってるからに決まってるだろ。言うなって言われてるから言わねぇけど」
「はぁ!?なんだよ、それ。言えよ!!」
「大丈夫だって。おまえの悪いようにはなんねぇから」
なんでこいつが桜音の好きな奴を知っているんだ!?
いつの間にそんな間柄になってんだよ。
絶対何が何でもはかせてやる。
結局あれから日下部は口を割らなかった。
ただ、ヒントだけは教えてくれた。
『あいつの携帯の待ち受け。それみれば一発でわかるぜ』
どうやってみろっていうんだよ。
大体見せてくれって言っても、好きなやつが待ち受けなら桜音のことだから見せてくれるはずがないだろうが!!
もっとマシなヒントを教えてくれればいいものを。
もう、いっその事桜音に聞くか。
――って、聞ければ俺はこんなに悩んでないよな……
「ただいま」
重い気持ちを引きずりながら玄関の扉をあけると、
「おかえりなさい」
という声と共に足に何かが抱きついてきた。
「なっ――」
咄嗟にそれを見ると、幼稚園生か小学校低学年ぐらいの小さい男の子だった。
誰だこの子……桜音の親戚だろうか。
その子は愛らしい笑顔をこちらに向けると俺の脚から手を放す。
そして、両手を広げると抱っこをせがんできたので抱き上げた。
しかしずいぶん人懐っこい子だな。
この時の俺は、まさかこの子が俺の悩みを解決してくれるなんて思いもしなかった。