第四話 お姫様、間に挟まれ頭を悩ます
――あれ?
唇を塞いでいるものをなぞるようにしてさわり、何か確かめてみた。
もしかしてこれって掌……?
そんな事を考えてると触っていたものが外れ、唇が外気にさらされる。
「お前、桜音に何をしようとしてるんだ!!」
頭より高い位置で、荒い呼吸と低い怒気を含んだ声が聞こえた。
――この声、海だ。
でもどうしてこっちに?
「ほんの冗談ですよ。こんなに人が多い場所でするわけないじゃないですか。
するなら人気のない場所……特に貴方の居ない場所でします」
千里ちゃんは私の肩越しにいる人を見てそう告げた。
その表情は千里ちゃんにしては珍しく無表情。
「え、ちょっ、人が居なくてもしちゃダメだよ!!」
「ダメですか?」
「ダメ!!」
本当に駄目ですか?と言いながら首を傾げる千里ちゃんを思わず可愛いって思ったけど、それとこれとは別で絶対にダメだもん。
「どうしてもですか?」
いや、あのその……何回言っても駄目なものは駄目だと思うんですけど……
「そんなふざけた真似許すはずないだろ」
どう言ったらわかってもらえるのかわからず口を噤んでいると、変わりに海がものすごく低い声で答えた。
その声に思わず私は震えたんだけど、千里ちゃんはなんともないようだ。
「桜音さんの許可でなく、貴方の許可を得なければならない理由が何処にありますか?」
な、なんなのこの空気。なんか一触即発の雰囲気のような……
私を挟んで二人の間にかもし出されている空気が明らかに悪い。
この状況をなんとか出来る人がいたら、今すぐ助けてほしい。
そう願っても運よくそんな人が通りかからないので、自分でなんとかするしかなかった。
「か、海。もう水族館行こうよ!!ほら、見る時間なくなっちゃうし。ねっ?」
とりあえず、これ以上悪化しないうちに二人を引き離すしかない!!
そう思って後ろを振りかえり、海にそう言ったんだけどすぐに後悔してしまった。
うぅ……眉間に皺とかよせてるし!!
後ろに居た袖と襟に赤いラインが入っている黒のポロシャツに細めのネクタイ、ダメージ加工が施されているデニムを履いている男
――海は不機嫌オーラ全開で千里ちゃんから視線を外さない。
「……。」
無言はやめて。
私の話に海は耳を傾けず、ひたすら千里ちゃんとにらみ合っている。
泣きたい気持ちを抑え、名前を呼びながら軽く揺らしてこっちに注意を向けさせようとしたけどそれも無意味だった。
「そもそもなんでお前はここにいるんだよ?」
「え?桜音さんに聞いたからですよ」
ちょっ、なんでそんなこと言うの!?私、言ってないよ!!
海の視線が突き刺さる中、首をぶんぶん横に振って否定した。
「嘘に決まってるじゃないですか。僕の桜音さんをそんなに怒らないでください」
「はっ?お前今、誰のって言った?」
にっこり笑う千里ちゃんとは反対に、海はキレかけているのかますます目が鋭くなっている。
もうやだ……今日の二人いつもと違いすぎる……
「そんな恐い顔しなくても、もう用事も済んだので帰りますよ」
「なら、もういいだろ。行くぞ、桜音」
おわっ。
手首を掴まれ引きずられたまま、手を振る千里ちゃんに見送られながら私と海は水族館へと向かった。
なんか今日一日長くなりそう……