第四章 第一話 準備完了
「うわ〜」
鏡に映しだされる自分に思わず感嘆の声をあげた。
毛先は緩やかに巻かれ、顔もメイクによって少し大人っぽくなっている。
やっぱすごいや。自分じゃここまで出来ないもん。
いつもと違う自分の姿に思わず笑みが零れた。
「気にいって貰えた?」
「うん。ありがとう、香澄義理姉ちゃん」
イスに座っていた体を捻り、後ろでチークブラシを持っているボブカットの女性にお礼を言った。
彼女は逢月香澄さんと言って、私のお兄ちゃんのお嫁さん。
つまり義理のお姉ちゃんにあたる人。
美容師をしていて、ここは香澄お姉ちゃんが働いているお店。
今日は海と水族館に行く日なので髪とメイクをやって貰いに来たのだ。
「気にいって貰って良かった〜。でも、桜音ちゃんがデートかぁ。那智君が知ったら卒倒ものね」
そんな卒倒って、一緒に出かけるぐらいでおおげさだよ。
――って言えないのがお兄ちゃん。
お兄ちゃんと私は年が十五離れていることもあってよく可愛がってくれるんだけど、少し行き過ぎた所がある。
お母さん達からはシスコンって言われているんだよね。
「桜音ちゃん、絶対あの人に見つかっちゃ駄目よ。そんな事になったら、二人の中を絶対邪魔しちゃうから。
それに、芋づる式に同居の事がバレでもしたら大変な事になるわ」
「うん。気をつけるね」
「今日は南町に行くって言ってたから大丈夫だと思うけど、一応用心するに越したことないものね」
お父さん達に聞いて同居自体は知っているけど、男の人――海と同居している事は知らないのだ。
女の人だと思っている為、お兄ちゃんも遠慮して頻繁に出入りしていた家には来ない。
その替わり私がお兄ちゃんの家にニ週間に一回のペースで顔見せに行っている。
香澄お姉ちゃんの説得がなければ週一だったんだよね……
「たしかこの後、お友達が迎えに来てくれるんだったわよね?」
「うん。バイクで乗せて行ってくれるって」
携帯を取り出し、時刻を確認すると九時半になろうとしていた。
ここから待ち合わせ場所の臨海公園までは車で十五分だから間に合う。
「来たら姉さんが知らせに来てくれるから、お茶でも――って来たようね」
ノックの音が聞こえた後、ドアが開けられ菫さんと日下部君が入って来た。
「あら、可愛い〜」
そう言ったベリーショートの女性は菫さん。
香澄お姉ちゃんのお姉さんでここの店長さんだ。
「ずいぶんめかしこんだな」
「気合い入り過ぎに見えるかな……?」
「いや。いいんじゃねぇか。しかし、女は化粧すると印象変わるな」
たぶんそれは、義理姉ちゃんにしてもらったからだと思う。
私がすると化粧しているのかわかんなくなるもん。
「じゃあ、そろそろ行くか――……と言いたいところだが、あの〜俺になんかついてます?」
日下部君が怪訝そうな顔で見つめた先を見ると、お姉ちゃんが顎に手をあててじーっと日下部君の顔を見ている。
一体どうしたんだろう?
「あ、ごめんね。ちょっと気になった事があって。ねぇ、どっかで会ったことない?」
「ないと思いますけど」
「いや、あると思うんだけど……」
そう言ってお姉ちゃんはまた考えこんでしまった。
前にお客さんとして来たとかかな〜。
そんな事をぼんやり思っていたけど、まさかその事に私が関係していたなんてこの時は微塵も思わなかった。