第十七話 向けられた嫉妬心
「熱いな〜。桜音、中入って。少しクーラーで涼みたい」
そう言って出ようとしていた私を教室の中に押し込めると、自分も入った。
涼はこの緊迫した状況なのに、相変わらず自分のペースを崩してない。
「なんでここがわかったんだよ」
「岸が桜音がやばい事になってるから、助けてくれって。それで、どうして桜音は泣いてるんだ?」
そう言って涼は、頬を流れる涙を指ではじくように拭いた。
岸君、逃げたんじゃなくて涼を呼びに行ってくれたんだ。
「桜音に触るな」
涼の醸し出す日向のような空気とは反対に、海の空気は指一本動かせないぐらい張り詰めている。
その声に体がまた硬直した。
せっかく大丈夫と思ったのに。
「海、あんま桜音を恐がらせるな」
「なら、触るな」
怒鳴る海の声を無視して涼は、大丈夫か?と言いながら私を抱きしめると、泣いてる子供にするみたいに背中をとんとんと軽く叩き宥めてくれた。
私、もう高校生なんだけど……
でも、これ不思議と落ち着くんだよね。
「桜音、そいつから離れろ」
声に反抗するように、私は涼の背中に手を回し水色のベストに顔を埋める。
暖かい。
クーラーのききすぎた室内のせいで、少し冷えていた体にはちょうどいい体温だ。
すると海は舌打ちをすると、無理やり私を引き剥がすと涼から少し離れ、距離を置いた。
掴まれている二の腕が痛みで痺れる。
「やだやだ。涼、涼っ!!」
「他の奴の名前なんか呼ぶな!!」
それでも涼に助けを求めながら、掴まれた腕を外そうと何度も振ってみるがなんともならない。
なんで機嫌悪いの!?ううん、機嫌が悪いってもんじゃない。これは怒ってる。私が、何かしたの?
「俺、前に言ったよな。そういう感情、俺に向けてもきりないから辞めろって」
睨む海をしり目に、涼は淡々と話しながら一歩ずつ足を踏み出し距離を縮める。
そして私たちの前まで来ると、大きな溜息を一つ吐きだした。
「あのな、俺は桜音の面倒見るので精一杯なの。だから、お前の事まで面倒みる気がないんだけど」
「誰もそんな事頼んでない」
「なら少し大人になってくれ。他の事だと冷静に対処出来るのに、桜音の事になるとこれだ。じゃないと、桜音を任せる事はできない」
「無理に決まってるだろ。お前と違って俺には、ちっぽけな鍵に縋りつく事しか出来ないんだからな。それすら奪われようとしてんのに、
どうやって冷静になれっていうんだよ!!」
海は掌が痛いんじゃないかってぐらい机を叩くと、さっきより声を荒げて叫んだ。
うっ、痛そう。絶対赤くなってるよ。
涼はそれ見て顎に手をかけ、首を傾げ何かを思案したかと思うと、
「お前、もしかして、桜音に一緒に暮らせないとか言われたわけ?」
と言った。海の肩がビクンとわずかに動く。
それを涼が見逃さなかった。
「ああ、なるほど。それでこの状況か。もしかして桜音が泣いてるのもそれが原因なのか?」
私は首を縦に動かす。
うん。だって、さよならしなきゃいけないから。
「そうか。なら、泣かなくていいぞ」
「……ほんと?」
「ああ。だって桜音のただの勘違いだから」
そう言ってにこやかに笑うと、海の手から私の二の腕を解放してくれた。
まだ掴まれてる感覚がするその腕をさする。
そっか、ただの勘違いか〜。良かった。これで問題解決。
――って何それ!?
「付き合ってないって事!?」
「ああ」
「じゃあ、キスしてたのは!?」
「それは海に聞いたらいい」
あんなに止まらなかった涙は、いつの間にか止まっていた。
もっと早く教えてよ、涼。
「これは二人の問題だから、首挟まないようにしようと思ったんだけどさ。桜音泣いてたから、今回だけ特別」
「おい、ちょっと待て。全く話についていけないんだが、一体どういうことなんだ?」
「くわしくは桜音に聞け。おまえさ、こんな事ぐらいでこれじゃあ、これからどうするんだよ。頼むからちゃんとしてくんない?
たとえ勘違いであろうと、桜音を泣かせないぐらいになって」
涼はそう言って、射抜くように海を睨む。
それを海はそらす事なく受け止めた。
「……悪かった」
海は、ばつの悪そうな顔をした。
海もそんな顔するんだ〜。
なんて事を考えているぐらい少し余裕が出てきた私を、涼の一言でそのわずかな余裕を打ち消してしまった。
「とにかく、二人で話あって」
ちょっと待って。まさか……
「桜音も勝手に結論づけないで今度からちゃんと言えよ。な?」
ぽんぽんと私の頭を軽く叩くと、涼は片手を振って教室から出て行ってしまった。
ちょっと待ってよ。置いて行かないでっ!!二人っきりは嫌!!
もしほんとに私の勘違いなら、状況的に不味くなる可能性があるんですけど。
だってここまで振り回しておいて、「ごめんなさい勘違いでした」だけで済ませてくれる相手じゃない。
絶対いじめられる。
涼を追いかけようとしたけど、また腕を掴まれてそれを阻止された。
「どういう事だか説明してくれるよね?桜音」
壊れかけのゼンマイ仕掛けのブリキ人形のように、ぎこちなく海の方向を見る。
その瞬間ものすごく後悔した。
だって、今まで見たことのないような笑顔をこっちに向けていたから。
あの〜、目が笑ってないですけど。
うぅ……すごく嫌な予感がする……




