第十六話 さよならを告げるとき
最初はこんな人と一緒に暮らせないって思った。
学校でも見かけるだけで一回も話したことがない相手だったし、
冷めてる顔しか見たことなく人間味を感じなくて少し苦手だった。
それに男の人だし、なにより私とは違いすぎる人だったから。
私は人ごみに溶け込めるぐらいの平凡な人間なのに、海は違う。
学校でもファンクラブがあるし、家はお金持ち。
この同居は、庶民と王子様が民家で共同生活するようなもの。
――そう思ってた。
けど実際暮らしてみると、違った。
肉じゃがが好きだし、思わず見惚れてしまう笑顔を見せてくれたりする。
学校では知られていない海の顔を知っていく。
それが私には嬉しかったんだ。
だってそれを知っているのが、私だけなのかなって思ったから。
だから海との同居は後悔してない。
――ただ我儘を言えば、もう少し傍にいてもっといろんな表情を見たかった。
SHRの終わりを告げる鐘が、教室内に響く。
あと数分もすれば一時間目の授業が始まるだろう。
早く出ていかなきゃ。
じゃないと、もしこの教室使うクラス来たら見つかっちゃう。
でも、離れたくないよ。
心がそう思っているせいか、体がなかなか動こうとしてくれない。
それでも時間は刻一刻と進む。
秒針の音にせかされてしまい、私は仕方なくゆっくり立ち上がると海の横をすり抜けドアの前まで歩いた。
歩いているうちに振動でだんだんと溜まった涙が頬を伝って、床へと落ちていく。
まだ泣くな。あと少し、この教室を出て海から見えなくなるまで。
見られるわけにはいかない。こんなぐじゃぐちゃの顔。
ガチャンと鍵をはずすした音だけがやけに耳に残る。
指に残る冷たい鉄の温度がこれが現実なんだと告げた。
――バイバイ、海。
ドアを開けると生暖かい風が、頬を撫でつけた。
「そんなにあいつの傍がいいのか」
足を一歩廊下に踏み出すと、海の抑制のない声が降ってきた。
突然飛んできた怒りを含んだ声音に、体が竦む。
「あいつって誰……?」
咄嗟に海の方向を見てしまい、慌てて視線を廊下に戻す。
青い空を白い雲が悠々と泳いでいる。
顔見られてないよね。
振り返ったほんの一瞬だけ見えたのは、立ったまま俯いていた海の姿。
「どうやったら、お前とあいつの絆を断ち切る事が出来るんだ?」
海の言っているあいつの存在がわからない。
それに絆って……
「それって、たぶん俺の事を言ってるんだと思うよ」
なんでここに?
さっきまで見えていた青空が、薄い水色のニットに変わった。
人の気配を感じると共に、目の前にその声の主が姿が現れる。
走ってきたのか顔には少し汗をかき、第二ボタンまで開けられたシャツを掴みパタパタと仰いでいた。
――涼
その人物が涼だと認識すると、不思議と安堵感に包まれた。
よかったこれで大丈夫。
そう思ったら、強張った体の力が抜けてきた。
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