第十三話 涼の家
「悪かったな、騒がしかっただろ」
「ううん。おばさん達と会ったの久しぶりだったし」
涼の言った通り、水谷家の人々は私を歓迎してくれた。
本当は目が腫れてたから心配されると悪いので、涼の部屋に直に行きたかったんだけど。
でもそれも私の杞憂に終わってしまった。
どうやら私が一人暮らしをして寂しくなって泣いてしまい、涼を呼んだと思ったらしい。
「涼の部屋久し振りだね」
「そういえば、最近来てなかったもんな」
ベットに背を預けながら、辺りを見回す。
壁には有名バスケ選手のポスターが貼られ、雑誌や漫画が床に置かれていたりしている。
海とは正反対に生活感がある部屋だ。
中学の時は毎日のように入り浸っていたな〜。
「桜音、海が原因ってどういう事?」
「それがよくわかんないの。海に付き合ってる人がいるって聞いて――」
「ちょっと待て。誰に恋人がいるって?」
麦茶を口元まで持ってきていた涼の動きが止まる。
やっぱ涼も知らなかったんだ。
「だから、海だってば」
「桜音、それ何かの間違えじゃないのか?」
「間違えじゃないもん!!だってキスしてたんだよ!?それに片桐さんも付き合ってるって言ってたもん!!」
うぅ……言葉にしたらまた涙出そう。
それに気づいた涼が、指で雫を払ってくれた。
「それで鞄学校に置いていなくなったのか?」
首を縦に動かす。
「だから海と顔合わせづらいから、家に帰りたくなかったのか?」
その質問にも首を縦に動かした。
「涼、わかんないの……なんでこんなに気になるの?だって海が誰と付き合っても自由でしょ?なのにキスとかもして欲しくないの」
涼はクスクス笑っている。
人がわかんなくて頭の中混乱しているっていうのに、なんで笑ってるの!?
不機嫌になったのに気づいたのか、涼は私の頭を撫でた。
うっ……さすが私の弱点を知り尽くしている。これじゃ、機嫌戻っちゃうよ。
「別に桜音を笑ったわけじゃないんだよ。ただ、あいつがそれを聞いたらどうなるか想像しただけなんだ」
あいつ?
涼は視線を窓辺に移すと、闇夜を照らしている月を見つめる。
その瞳は揺れてどこか不安定だ。
「……もう少しなんだな。まさかこんなに早く来るなんて思ってもいなかった」
「何がもう少しなの?」
一度目を閉じゆっくりと開くと、意地悪な笑みを私に向けてきた。
「教えない」
「何で!?」
「俺はもう少しこのまま桜音とこうしていたいから」
「は?」
「まぁ、気にするな。それよりあいつ大丈夫かな」
涼は切っていた携帯の電源を入れると、何かボタンをいじり始める。
そして画面を見ると、溜息を吐きだした。
「すっげー、メールの数」
涼は携帯のボタンを数回いじると、それを耳にあてた。
誰にかけてるんだろう?
「よぉ、大丈夫か?」
『――!!』
電話の相手が大声を出したのか、涼は携帯を耳から遠ざける。
その時、とぎれとぎれだか声が聞こえてきた。
――日下部君?
「やっぱ機嫌悪かったか、海は。……ああ、やっぱそうなったか。は?なんで電源切ったかって?携帯の電源入れてると、理由聞くまでかけてきそうだったからさ。……そんな怒鳴るなってわかってるから。ああ、悪かったって。……泣くなよ。今、桜音に変わるから」
そう言って携帯を渡される。
「もしもし?」
『もしもしじゃねぇよ!!』
「あっ、やっぱ日下部君だ」
『お前な、海がいるから帰りたくねぇとか電話口で言うな!!本人に丸聞こえだろうが!!』
あ、やっぱり。だってあの時はそれどころじゃなかったんだもん。
海、気にしてるよね……
『いいか、よく聞け。海はとりあえず俺が学校に連れ出すから、一旦家に帰るならその後にしろ。鞄はお前の部屋に置いておいたから』
「あっ、鞄届けてくれたんだ。ありがとう」
『ああ、今すっげー後悔してる。こんな事になるなら届けんじゃなかったっうの。
本当はお前らの同棲生活についても追及したいが、今はそれどころじゃない。いいか、海に会うのは学校が終わってからにしろ』
やっぱ会わなきゃだめだよね。このままっていうわけにもいかないし。
それに心配して探してくれたみたいだから、謝らなきゃいけないもんね。
『とりあえず放課後までに俺がなんとか宥めておく。そのまま会うと、たぶん危ねぇ』
「なんで危ないの?」
『海がキレてるからに決まってんだろうが!!あいつマジ怖かったんだぞ!!……逢月、マジで頼むからいろいろ察せ。あいつが不憫でしょうがない』
大きく溜息を吐きだすと、水谷に代わってくれと弱々しく言われた。
日下部君が溜息吐くの初めて聞いたかも。
海がキレてんのって絶対恐い。考えただけで寒気が。
でも日下部君が宥めてくれるって言ってたし、大丈夫だよね?
日下部君と海は小学校からの付き合いらしいし。
そんな考えが甘いという事を次の日身をもって思い知るなんて、この時の私は知る由もなかった。