第十一話 崩れる景色
ゆっくりと目を覆っていたタオルを取ると、そこに居たのはやっぱり予想通りその人だった。
こんな時ぐらいは外れてくれればいいのに。
「部活で使っている湿布がなくなったから貰いに来たの」
黒い長い髪はしっかりと結えられ、Tシャツにハーフパンツのジャージを着た片桐さんが立っていた。
私を見るなり不敵な笑みをこぼす。
「目どうかしたの?」
「……別になんでもないです」
「そう?赤くなって腫れてるみたいだけど。ちゃんと冷やさないと駄目よ」
返事は返さずただ手を握りしめる。
日下部君早く戻ってきてよ。
二人っきりの空間がやけに重い。
この人と一緒に居たくない――
変だ、私。片桐さんに何かされたわけでもないのに。
耐えきれなくなり保健室から脱出しようと、片桐さんの横を通り過ぎようとしたんだけど出来なかった。
片桐さんが私の腕を掴んだからだ。
なんで……
「私湿布のある場所分からないの。探すの手伝ってくれない?」
「ごめんなさい。時間ないんで」
「いいじゃない。それとも私と居たくない理由でもあるのかしら」
「別に」
「そうなの?てっきり私と海がキスしてるのを見てしまったからだと思ったんだけど」
「――っ」
思わず顔をあげると勝ち誇ったような笑顔を見せられ、理由のわからない苛立ちを覚えた。
「図星?」
鉄の味が口の中に広がって気持ち悪い。
どうやら無意識に噛みしめていたようだ。
「悪いけど、海に近づかないでくれる?」
「……そんなの片桐さんと関係ないはずです」
痛っ。
掴まれている腕がさらに圧迫される。
「でしゃばらないで。あれを見てまだわかんないの?海は私の彼氏なのよ」
「彼氏……」
「そうよ。私の彼氏に纏わりつかれると迷惑なの。海は優しいから貴方を邪険に出来ないのよ」
たしかに、自分の彼氏と仲良くする女の子はうっとおしいだろう。
前に涼に彼女が居た時も似たような事を言われた。
「あっ、これ秘密ね。彼の恋人となるといろいろ大変でしょ?周りが煩くなるし、嫌がらせとかにもあっちゃうもの。もしばれても、きっと海が守ってくれるから安心なんだけどね」
止まったはずの涙がまた溢れ出す。
掴まれてた腕が自由になり、鈍い痛みだけが残る。
痛いのは腕だけじゃない。
「あら、どうして泣いてるのかしら?どこか痛むの?」
クスクス笑いながら片桐さんは顔を覗き込んできた。
コイビト……カレシ……
頭の中はもうすでに真白。
揺らぐ足元で、ただ立っているのが精いっぱいだった。