第九話 バッドタイミング
ロッカーを開け、教科書を取り出す。
良かった、早く気づいて。
みくと帰るために一緒に昇降口まで来た時に、ふと忘れた事を思い出したのだ。
宿題出てたのすっかり忘れてちゃってたんだよね。
「忘れ物ですか?」
「千里ちゃん」
花を抱えドアの所から教室を覗いていた。
千里ちゃんは華道部だから、たぶんあの花は部活で使うんだろう。
視線が合うと、優しく微笑まれる。
花が似合いすぎるよ。
「うん。数学の教科書」
「ああ、たしか課題が出されてましたよね」
「千里ちゃんは部活?」
「ええ」
「そっか。もう少し話してたいけど、みく昇降口に待たせてるから行くね?」
「ああ、そう言えば中庭であの人みましたよ」
話もそこそこ切り上げて昇降口に行こうとしたら、千里ちゃんの言葉で止められてしまった。
あの人……?
誰だか分からず首を傾げる。
「在原海です」
海の名前が出て思わずビクつく。
なんで私にその事を言うの?勘ぐりすぎだよね?ただの世間話みたいな物のはず。よし、ここは軽く流そう。
「へ〜、そうなんだ」
「バスケ部のマネージャーと二人でいましたよ。知ってました?あの二人毎回部活一緒に行ってるみたいですよ。仲が良いですよね」
そう言ってニッコリ笑った千里ちゃんはどこか意地悪。
「そうなんだ……」
そんな事知らなかった。知りたくもない。
なぜかその話を聞いて急に気分が重くなってきてしまった。
頭に浮かんできたのは、片桐さんの隣で笑っている海。
「付き合ってるって噂もありますよね。美男美女同士お似合いだと思いませんか?」
「そう……だね」
痛む胸をを押さえ、どうにか言葉を返す。
どうしたんだろう、苦しいよ。
「たしか他にも――」
「ごめん、千里ちゃん。私、みく待たせてるからそろそろ行くね……」
「――お引き留めしてしまったようですね。それじゃあ、気をつけて桜音さん」
これ以上ここに居て二人の噂を聞かされるのが嫌だから、みくを理由に教室を出た。
なんで今日に限って千里ちゃんこんな事言うの?
噂話なんて今まで一回もしたことなんてないのに――
「私、何しに来たんだろう……」
気づいてたら昇降口ではなく中庭に居た。
覗き見なんて良くないし、もう居ないかもしれないじゃん。
みくも待たせているし帰ろう。
公舎に戻ろうとしたら、僅かだが声が聞こえた為その方向に足を進める。
――居た。
でも遠いせいか、何を言っているかまでは聞こえない。
一応見つからないように物影に隠れてみる。
片桐さんが海の腕にすがって何か捲し立てるように言ってるように見える。
海の様子は後ろ姿だけなので分からない。
何か揉めてるのかな……?
聞こえてくるのが所どころの声なので、よくわからない。
見過ぎてしまったのか視線に気づいた片桐さんと目があってしまった。
やばっ、気づかれた!!
片桐さんは一瞬目を大きく見開いたかと思うと、口角をあげた。
えっ、何?
嫌な予感する――
「桜音さん、何してるんです?」
えっ!?
突然声を掛けられて思わず大声を上げそうになり、手で口を押さえる。
いつの間にか背後には、千里ちゃんが立っていた。
なぜこのタイミングで!?
「千里ちゃん……どうしてここに……?」
「あっ」
「え?」
なっ――
千里ちゃんの声に急いで視線を戻すと、海と片桐さんがキスしていた。
足に力が入らず、思わず地面に崩れてしまう。
手が震え、唇がやたら渇いてくる。
どうしてこんなに動揺してるの?キスシーン初めて見たから?
「なんで……?」
呼吸が上手く出来ない。
――嫌だ。