第七話 ご機嫌な彼女
肩から提げた大きめの紙袋が歩くたびにガサガサと音を立てた。
うぅ〜邪魔だ。駅のロッカーにでも入れておけば良かったかも……
「土曜、それ着ていくのか?」
隣を歩いていた日下部君が、紙袋に視線を向ける。
「うん」
この中身はさっき買ったばかりの新しい服。
一緒にみくと千里ちゃんも行ったんだけど、これを買うのすごく苦労したんだよね。
みくと日下部君が私の服選びを勝負事にしてしまったのだ。
おかげで服選びにものすごく時間が掛っちゃった。
あれ千里ちゃんがみくを止めてくれなかったらまだ服選んでたよね……
「それもいいかもしれねぇけどよ、あっちの方が良かったんじゃねぇの?」
「あれは、短すぎるよ」
日下部君が選んだのは、ミニスカートや肩が大きく開いたサマーニットのような肌を見せる系の服ばっかだった。
ああいうのよくみく着ているんだよね。
一方みくが選んだのは、やたらフリルが付いた甘めの服。
結局二人の選んでくれたものじゃなくて、自分で選んでしまった。
「桜音さんが行く水族館って隣町に出来るやつですよね?あれって日曜オープンじゃないでした?たしか」
右隣に居る千里ちゃんが、首を傾げている。
みくはバイトがあって帰ってしまったので、私と千里ちゃん日下部君の三人という珍しい組み合わせなのだ。
「そうだよ。前日に入れる招待状貰ったの。だから人少ないからゆっくり見られるんだ〜」
「そうですか。それで桜音さん機嫌がいいんですね」
千里ちゃんが微笑んでいる。可愛い〜。
つられてこっちまで笑みが零れてしまったんだけど、この後の日下部君の一言で固まってしまった。
「それだけじゃねぇだろ。なんせあいつとデートだもんな〜」
……ん?
「デート!?」
思わぬ発言に声が裏返ってしまった。なんでそうなるの!?
なんで誤解をまねくような事を言うのかな。
「付き合ってないから、デートじゃないもん」
「でもあいつと二人っきりで出かけるの初めてだろう?あいつと一緒に出かけられて浮かれねぇ女なんているかよ」
日下部君は初めてだって言うけど、海と二人で出掛けるのは初めてじゃない。
近くのスーパーになら何度か買い物に行った事はある。
でもそれとはちょっと違うような気がするんだよね。
そう言えば水族館とかそういう所は一緒に行った事がない。
そう考えると初めてになるのかな?
でも、デートじゃないよ。海と私は付き合ってないもん。
「おい、逢月」
「ん?」
日下部君が足を止めて後ろを見ている。
なんだろう……?私も振り返ってみると、千里ちゃんが顔を強張らせて固まっていた。
「――あいつって誰ですか?」
声にはいつものように優しさが無く、どこか冷たい。
「……え?」
「涼じゃないですよね?涼とは何度も出かけてますから」
私、涼って一言も言ってないよ?なんで涼がでてくるの?
どうしたんだろう。今日の千里ちゃん様子が少し変だ。
たまらず日下部君を見ると、肩を竦められてしまった。
なんか空気的に海の名前を出すと不味いような気がするのはわかる。
千里ちゃんとみくは私と海に接点は無いと思っているし、なんせ相手は海だもん絶対驚く。
「誰です?そんな人がいるなんて聞いた事ないんですよ。ここのところ機嫌がいいのは、その人とデートするからですか?」
普段の千里ちゃんからは考えられない強い口調。
「れ、蓮都……。蓮都だよ!!」
とっさに頭の中に浮かんだ甥っ子の名前を出してしまった。
あの目の中に入れても痛くない可愛い存在。
千里ちゃんは、私が甥っ子を可愛がっている事を知っている。
だから、何も不思議に思わない。……はず。
「蓮都って、桜音さんの甥っ子さんでしたっけ?たしか幼稚園の」
「うん。ほら、いつもお兄ちゃんか義理姉ちゃんもいるでしょ。今回は二人っきりなの。だから、つい服とか買って浮かれちゃったんだ」
「そうですか。驚いてしまいましたよ。日下部さんがデートなんて言うから」
千里ちゃんは良かったですと言いながらほっと息を吐くと、癒し系のオーラが徐々に戻り始めた。
良かったいつもの千里ちゃんだ。
けどなんで急に空気が変わっちゃったの?
「逢月。お前のとこ結構人間関係面倒なんだな」
「は?」
日下部君が耳元でぼそっと言った。
「お前は良いんだよ。どうせ鈍いから気付かないだろ」
そう言って髪をグシャグシャにされてしまった。
鈍いって何よ。
「それに気づくと厄介な事になるから、気づかない方がいいのかもしれない」