第六話 敵意
「日下部君、変な笑い方しないでよ……」
茂みから出てきた日下部君に、脱力しながら言った。
「でかした、逢月。ほら、よく撮れてるだろ」
「――あ」
差し出された携帯の画面には、抱きあっている海と私が映し出されている。
何してんの、私!?抱きついちゃってるじゃん!!
それを見せられ意識してしまったのか、急速に顔に血液が集中してしまった。
「おっ、赤くなった」
「これでならないわけないでしょ!!」
「自分から抱きついていったくせに?」
「そうだけど、違うの!!」
「同じだろ」
こんなの理由を知らない人がみたら、誤解しちゃうじゃん!!
「消して!!」
急いでそれを取ろうとしたけど、届かないように腕を空高く上げられてしまった。
身長差的に、ジャンプしても届かない。
「無理〜。これでしばらくあいつで遊ぶから」
今だ固まっている海を見ながらニヤニヤしている。
それでどうやって遊ぶのかまったく検討はつかない。
「も〜、それよりどうしてここに居るの!?」
「おまえがシカトしたから、ブチ切れて追いかけてきた。おかげでおもしろいもんが見れたけどな」
「無視してないよ。第一、逢ってないもん」
「廊下ですれ違ったっうの」
だめだ、覚えてない。なんとか思いだそうとしたけど、無理だった。
あの状態じゃ周りが見えていなかったもん。
「それよりお前どうすんだよ。映画。時間ねぇぞ」
――映画?
あっ……浮かれてて忘れてた。
たまたま見たい映画が一緒だったから、日下部君と行く事になったんだっけ。
携帯を取り出して時間を確認すると、今から行けばギリギリ間に合うぐらいだった。
「行く!!」
「駄目だ」
声と共に後ろから腰に巻きつくように手が回されて抱き締められていた。
なんでダメなのよ!?というか、この状況は何!?
外そうと何度も身をよじらせるが、なかなかうまくいかない。
「ちょっ……海、離して!!」
「さっきはあんなに積極的だったのに?」
「あれは違うってば!!」
うぅ、言わないでよ……
「起きたのか、海」
「誰も寝ていない」
「抱きつかれたぐらいで動けなくなるなんて、意外と純情なんだな。お前」
「それは桜音限定でだ」
海は私の肩に顎を乗せたまま、日下部君としゃべっている。
話すたびに耳元に吐息がかかってくすぐったい。
「具合悪いんじゃないの!?さっきまで顔赤かったじゃん」
「ああ、あれはな〜医者でも治せ――」
「何してるのよ!!」
日下部君が口を開きかえると、ものすごい甲高い声がそれを遮った。
三人してその方向に視線を向けると、片桐さんが息を切らせて立っている。
なんか物凄い目で睨まれているんですけど……
それを見ると海は顔をしかめ、日下部君は苦笑いをした。
ちょっと、いやかなり怖い。
たまらず腰にまわされている海の腕を手をギュッと掴んだ。
「悪いけど、今部活中なの。海を離してくれない?」
こっちは抱きつかれている側なのに、なぜか私に対して片桐さんは強く言った。
肌に突き刺さるような視線に、歪んでいく顔。
いつかの体育の時に海に見せた表情とは対照的すぎる。
「ごめんなさい。海もごめんね」
「なんで桜音が謝るんだ。お前は悪くないだろ」
部活中に引きとめたのは私だもん。
「今回は仕方ないんじゃねぇの?」
「わかってる」
海は腕を離すと、
「水族館一緒に行くから。あとでいろいろ決めような」
と言って軽く私の頬を撫でると、片桐さんを置いて一人で体育館の方向へ向かって行ってしまった。
「待って!!海」
すぐに追うようにして片桐さんもここを立ち去って行く。
「あのさ、片桐さんって海の事好きだよね?」
「おっ、さすがに鈍感なお前でも気づいたか」
「いくらなんでも、さすがにあんなに敵意むき出しなら気づくよ」
涼を好きな子達からあれと似たようなのを昔感じた事がある。
あんなにあからさまなのは初めてだけど。
「それよりお前気をつけろよ?女の嫉妬は怖いからな」
「大丈夫だよ。あんまり接点ないし。それに、私に嫉妬なんてするわけないじゃん」
「お前な……」
腕を組んだまま日下部君はため息を吐いた。
「とにかく、気をつけろ」
「日下部君ってお母さんみたいだね」
クスクスと笑っていたら、頭を叩かれた。
痛いんですけど。
「だれがお母さんだ!!お前の保護者はもういるだろうが!!」
――この時は危惧することなんて何もないと思っていたんだ。