第四話 桜とヒナタ
『桜音が桜なら、涼君は日向だわ』
菜月おばさんにそう言われた時、妙に納得してしまった。
植物は光合成しないと生きていけない。
それと同じように中学の頃、涼がいないと生きていけないと思っていた。
――それぐらい依存していたんだ。
「桜咲いてないね」
「さすがに六月に桜が咲いてたら異常だよ」
Tシャツにデニム姿の涼は、窓際に居た私の所に歩み寄った。
二人して眺めている木々達は、春になると満開の桜を咲かせてくれる。
「どうして急にここに来ようって思ったの?」
「卒業してから一回も来てなかっただろ」
私達は中学校に来ていた。
急に涼から電話あって、行きたい場所があるって呼び出されたのだ。
「先生元気そうだったね」
「相変わらず俺、桜音の保護者扱いだったけどな……」
「私の方が少しだけお姉さんなのにね〜」
「姉っていうよりは、世話の焼ける妹って感じだろ」
頬っぺたを膨らまし、そっぽを向く。
四月生まれだから、数か月だけ年上だもん。
「ごめん、ごめん」
そう言って優しく頭を撫でてくれた。こうされると落ち着く。
頭を撫でられるのは、昔から好き。よくお兄ちゃんがしてくれたからかな。
あ〜、私ブラコンだったんだよね。昔。
途中から涼っ子になったけど。
「ねぇ、ここの部屋覚えてる?初めて喋った場所」
五階の一番端、普段は誰も使わない空き教室。
この階は理科室や家庭科室しかなく滅多に人が来ない。
なのに桜の咲き誇るあの季節、涼が私を見つけてくれた。
「覚えてるよ」
うちの中学は私立でもないのに、幼稚園・小学校・中学校が併設されている。
だから入学式なのに、転校初日のような感じがした。
みんな幼馴染のように仲がよく、私はよそ者。
そんな空気が嫌で、休み時間に逃げ込んだのが誰もこないここの教室だった。
「あの時一人になりたくてさ。ブラブラしてたら泣き声が聞こえて、入ってみるとうちのクラスのやつだった」
「泣いてる私に、涼は頭撫でてくれたよね。その後聞いてもいないのに一人でベラベラ喋ってさ」
「うるさかった?」
「ううん。嬉しかった。ここで涼と逢わなかったら、私ずっと一人だったから……」
休み時間事に涼はここに来てくれて、話相手になってくれんだ。
あの時からすでにクラスのムードメーカーだったから、話す人なんていっぱい居たはずなのに。
涼は私にいっぱいくれた。
友達も出来たし、笑うこともできるようになった。
全部涼のおかげ。
まだ貰ってばかりいて何一つ返してあげられてないけど。
「――だから涼が一番だった。私の世界を創ってくれた特別な人だから」
一人ぼっちだった私に、手を差し伸べてくれた優しい人。
「でもね、最近おかしいんだ。涼しかいらないと思ってたのに、他の人が入り込もうとしているの……」
チュニックの裾を握りしめ、大きく息を吐いた。
「……気づいたら視線で追ってて、その人の事を考えてる」
触れるたびに高まる鼓動。
名前を呼ばれるたびに切なくなる。
「知ってるよ。俺はずっと桜音の傍にいたから」
涼は泣きたいんだか笑いたいんだかよくわからない表情をした。
あまりそんな顔をしないから、急に不安になって涼の頬に手を添える。
その手に涼の手が重なった。
「大丈夫……?」
「平気だ。ただ、那智さんもこんな感じだったのかなって思ったんだ」
「お兄ちゃん?」
逢月那智。私のお兄ちゃん。
年が結構離れてて、今は結婚して家を出ている。
兄の座を取られたとかなんとか何癖をつけて、涼に無駄に対抗意識をもやしているんだよね。
この間は負けるとわかっているバスケ試合を涼に申し込んで敗北していた。
バスケ部員とサラリーマンじゃ勝ち目がないのに。
「そういう気持ちがなんなのかわかる?」
首を横に振る。涼なら知ってる?
「そのうちわかるよ」
窓際から離れると、携帯を取り出して液晶画面を見始めた。
「もうこんな時間か」
「あーっ、はぐらかした!!人が真剣に考えてんのに!!」
「腹減ったな〜。昼何食う?」
「話変わってる!!」
「腹減んないの?」
「うっ、減った」
「この間新しい店が出来たんだけど、そこにしようか?桜音の大好きなデザート系もいっぱいあるらしいぞ?」
「そこに行く!!」
涼の腕をとり、せかすように教室を出た。
きっと言う通りそのうちわかるかもしれない。
『その子と付き合うの?……そしたら涼、私から離れちゃう。そんなの寂しすぎるよ』
『俺達の関係は何があっても変わらない。絶対一人にさせない。
それに桜音にもきっと好きな人が現れるよ。そしたら寂しいのはきっと俺の方だ――』