第三話 変わっていく何か
窓を雫が伝う。
雨はもうすっかり止んだけれど、空模様は悪いまま。
湿っぽい体育館の中、体を動かしたので汗で余計湿度が高く感じる。
この時期は雨でグランドが使えないから、男子と半分にして体育館を使っていた。
広いはずの体育館もD組と混合のうえ半分しか使えないからひどく狭い。
「しっかし、王子人気すごすぎ」
みくは半分にする為に引かれたネットを掴み、横で黄色い声をあげている女の子達を冷めた目で見た。
ネットの向こう側では、男子がバスケをしている。
あの女の子達の目当ては、海とそれに負けず劣らずの人気の千里ちゃんだ。
「見て、藤原君の腕。白くて綺麗〜触ってみたい」
「チッ。見んなよ、触んなよ」
舌打ちですか、みくさん。
あと、ネットそんなに力入れると破けるってば。
ただでさえボロいのに。
今は海のチームと涼・千里ちゃんのチームが対戦中だ。
「海君〜」
「在原くん〜!!」
「あいつ顔だけじゃん。あの女達もどこがいいんだかね〜。千里の方がいい男じゃん」
そう言っていざ千里ちゃんが騒がれると、ものすごい怒るくせに。
視線の先の海は、コート内をバランスのとれた体で走りまわっている。
「……顔だけじゃないよ」
「どうした?急に。王子庇うなんて初めてじゃんか」
「別に」
「いやいやおかしいって。今まで全然興味なかったじゃん!!
最近あんたおかしいよ。ぼーっとしてる事多いし」
わかってる。それはきっと、海のせい。
最近家でも学校でも気がつくと彼の事を考えている。
一見細いようだけど、筋肉質で抱きしめられると硬い体。
優しく見つめてくるビー玉のような瞳。
大きくて暖かい手。
はにかむ笑顔。
――焼きついて離れない。
ギュッとネットを掴む。
頭冷やさなきゃ。
「桜音!!すごかったね、今の涼のシュート!!」
肩を掴まれて揺らされているせいで視点が定まらない。
涼とうちのクラスの人がハイタッチをしていた。
「入れたの?」
「まさか見てなかったの!?珍しい。いつも涼しか見てないのに」
「それは涼以外興味ないから」
――今までは。
何かが私の中で芽生え始めている――
「だよな……それにはさすがに千里に同情するわ」
「千里ちゃん?」
「あ〜、桜音は気にしなくていい」
手をパタパタさせ、何かを追い払うような動作を見せる。
「何それ」
「涼と付き合わないの?」
「話反らした!!」
「付き合っちゃいなよ」
「だから何度も言うけど、そういう関係じゃないんだってば。
涼に聞いてみれば?同じ事言うから」
好きとかの次元じゃない。
特別なんだもん。
一人だった私に手を差し伸べてくれた大切な人。
あの教室で私を見つけてくれた唯一の人。
「でもさ――」
「しつこいよ。みく」
「……ごめん。ただ安心したかっただけなんだ」
「なんで私と涼が付き合うと安心するの?」
「桜音の事好きだよ」
脈絡のない告白に、顔が赤くなる。
「急に何言ってんの!?また話反らした!!」
「――ずるいんだ、私」
そう言って視線をまた隣のコートに向けた。
みくの瞳にはうっすらと雫がたまっている。
「あ」
「今度は何?」
「いや、なんか王子こっちみてるんだけど」
いつもと違い心底嫌そうな声が聞こえ、視線をそちらに移す。
本当に海の事が嫌いなんだね、みく。
たしかに海がタオルで汗を拭きながらこっちを見ている。
誰を見ているんだろう?
首を左右に振って探すとすぐに見つかった。
きっとこの人を見ていたんだ――
「あ〜、あの女か」
みくも気づいたらしく、私の隣に少し離れて座っている人を見た。
バスケ部のマネージャーの片桐さん。
長い黒い髪が印象的な人。美人で男子バスケ部内でも人気があるみたい。
微笑みながら、手を振る彼女を見て胸が軋んだ。
なんか苦しいよ……
「へ〜。あの女と王子そういう関係?やたらベタベタしてると思ったら。
――って桜音!!顔色悪いよ。保健室行こう!!」
胸を押さえたまま俯く私に、みくが背中をさすってくれた。
「一人で行けるから大丈夫。ごめん、先生に断っておいて」
そう言い残して、足早に体育館を出た。
一秒でも早くあの二人のいる場所から離れたかったから。