第二話 理由なきムカツキ
ことわざとかって習っても結局日常生活ではあまり使わない。
けど今なら使えるやつが一つある。
今の私の状況は背水の陣ってやつだと思う……
後ろを壁に正面を海に挟まれ身動きが取れない。
おまけに左右は海の腕があり逃れる事は不可能。
なんでこんな状況になっているのか、当の本人の私にもわかんない。
「どいてってば」
両手で海の体を押しのけようとしてみるけど、びくともしない。
「なんで!?またからかってるの!?」
海はすぐ赤くなる私をからかって遊ぶ時がある。
耳まで真っ赤とかいいながら。
今も顔が火照ってる。
「今回は違うよ」
「……じゃ何?」
「桜音が俺見て逃げたから」
あ〜、逃げたと思われないように自然にやったのに。
だってコレじゃしょうがないじゃん。
今の私たちの格好は、お揃いのパジャマ。
こんなのって、ほらあれじゃない?まるで――
「新婚さんみたいだから恥ずかしかったの!!」
海は溜息を吐き、こっちを見ている。
「自分が着るって言ったのに今さら?」
「うぅ……」
「ならお望み通り、新婚さんごっこでもするか?」
……ん?
誰がいつそんな事をしたいって言った!?
したくない。はっきり言ってしたくない。
首を横に思いっきり降った。
それなのに海は私をだき抱えソファに座る。
「しないってば!!」
海の膝の上に横向きに座らされ、逃げられないように腰に腕を回して引き寄せられる。
近い、近い。もう少しで海の広い胸にあたる。
「こんなの新婚さんじゃない!!」
「ならどんな事するんだ?」
だってこんなの嫌がらせじゃん。
「えっ……イチャイチャ……?」
この語学力のなさと頭の回転の悪さをこの後ものすごく恨む事になる。
「わかった。これじゃ足りなかったんだな」
赤から青へ信号のように顔色が変わっていったと思う。
ち、違う。絶対何か変な誤解を――
訂正する前に、頬に自分じゃない人の温もりを感じた。
それを感じるとともに、血の気が引いた顔に血液がまた集中する。
「俺に触られるの嫌か?」
「……嫌じゃないけど……」
今なんて言った!?嫌じゃないって言ったの!?
口が勝手に動いたんだけど!!
なんでそんな事を言ったのか驚きを隠せない私よりも、海の方が驚いていた。
目を丸くさせ、固まってしまっている。
もしかして今なら逃げれる……?
回されている手を解こうと、手をかけていると名前を呼ばれた。
「桜音」
思わず肩が大きく揺れる。逃げようとしたのバレた?
海の口は、私の予想外の事を告げた。
「キスしたことあるか?」
「微妙」
とりあえず聞かれたのでとっさに答えてしまったがその後に後悔した。
何で私はそんな事を答えたの!?
そして海はいきなり何でそんな事を言い出したの!?
「何、微妙って?」
海は怪訝そうに眉をよせる。
こればっかりは、微妙としか言えないんだよ……
話せば長くなるし。
「えっと、したかしないかと言えばしたんだけど。キスっていうより何というか……え〜っとその……」
視線を下に向け、クッションをギュッと抱える。
私の煮え切らない様子に、海はイライラを募らせ不機嫌オーラを漂わせ始めた。
なんでこんな事で機嫌悪くなるの!?
「とにかくしたけど、これには理由があって話せば長くなるの!!」
「明日休みだから別にかまわないけど」
えっ、話せと?
なぜいきなりファーストキスについて夜通しで語らなきゃならないの?
「私より海はどうなの?キスしたことあるの?」
突然の私の問いかけに海は体をビクつかせると、視線を泳がせはじめた。
別に聞かなくてもわかるよ。海ぐらいならいっぱい彼女居ただろうね。
しかも、モデル並みの綺麗な人達でしょ。
海の過去なんてわかんないけどさ。
頭の中に海とモデル系の美女とのキスシーンの映像が浮かんでくる。
どうせ私は童顔だし、自慢できるスタイルじゃないもん。
足の長さとか、典型的な日本人だし。
あ、なんか怒る理由がないのに胸がムカムカしてきた。
「どうせキスだけじゃない事もしたんでしょ?」
私みたいなお子様と違って。
「さ、桜音」
腕を組んで頬を膨らませる私と、それを見てどうしていいか分からずなんとかなだめようとする海。
さっきとは立場が形勢逆転。
何とか楽しいことを考えようとしたりして、このむかつきを抑えようとしたけどやっぱダメだ。
私は一体何にイラついているの?