番外編 七夕
まだ二人が付き合う前のお話です。
日下部視点。
七夕
「なんで俺まで付き合わなきゃならないんだよ?」
「別にいいだろ。短冊にお前も願い事でも書けよ。それなりに楽しいぞ」
いろいろなショップが入ったショッピングモールの中を、俺は海と二人で歩いていた。
目当ては3階中央エントランスの七夕の飾りだ。
このモールでは毎年七夕シーズンになると、七夕飾りが設置され誰でも自由に
短冊が飾れるようになっている。
もちろん短冊セットが置かれ、大人用の細長いメジャーな短冊から子供用の星形短冊まで
いろいろな種類があり、買い物客らがそれぞれ自分の願い事を書くために足を運んでいた。
一人で行くのも味気ないと海を誘ったのだが、こういうのに興味がないためいまいちノリが悪い。
水谷でも連れてくれば盛り上がったんだけどなぁ……
あぁ、逢月あたりも好きそうだよなぁ。こういうの。
「なぁ絶対お前も楽しいって。いろんな奴が書くから、面白い短冊もあるしな」
「興味ない。第一、人の願い事見て何になるんだ。あく……――」
「どうした?」
隣を歩いていた海が立ち止り、斜め前方を見つめている。
目を大きく見開き、何かに驚いているらしい。
――なんだ?
視線をそこへ向ければ、俺たちが向かっている中央エントランスだった。
ここからだと、斜めに十~十五メートルぐらい先。
買い物に来た親子連れから、制服姿の学生までさまざまな連中が短冊を笹へ結んでいる。
その中で他人に興味ない海が目を引くのは、決まっていた。
「桜音」
甘ったるさを含めた海の言葉に、俺は顔が引き攣った。
なぜならよりにもよって、水谷と一緒だった。
あ~あ、これ海がうるさくな……――おわっ!
ぐいっと体を左側後方へと引っ張られ、俺の体は真っ白い支柱の裏へと押し込められた。
「何すんだよ!」
「俺たちの姿が見られるだろうが!!」
即座に返ってきたその答えに、俺は思った。
いいんじゃね? 別に隠れる必要なんてないじゃんかと。
「何をあんなに楽しそうにしゃべっているんだ!? ここじゃ聞こえないじゃないか!」
だったらもういっそのこと、あそこ行けばいいだろうが。
なぜこうもこそこそとしなきゃならないんだよ……
「あぁ!! 桜音が涼に触った!! くそっ。涼のやつ、なんて羨ましい」
触ったって、軽いボディタッチじゃん。
逢月が短冊を書いている水谷の肩をトントンと叩くように触っただけ。
そんなこと別に気にも留めることないだろうが。
学園の王子様がこんなキャラなんて、誰も信じないよな……
「なんだあれは!?」
「海、もう見るなって。精神に悪いから」
頼む逢月と水谷。早く帰ってくれ。俺の平穏のためにマジで頼む。
俺の願いが通じたらしく、逢月達は書き終わったらしく笑いながらお互いの短冊を見せ合っている。
というより、じゃれあっているに近い。
「桜音なんて書いたんだ?」「えー、教えない。涼は?」「ダメ。見せない」なんて、勝手にアテレコがでてくるぐらいにな。
あれじゃあ、しょうがねーよな。
周りから見て付き合っていると思われているが、実は付き合ってない。
それは水谷や逢月に聞かないとわからない。それぐらいに、傍から見ても二人はお似合いだ。
まず水谷が逢月に対する愛情が深い。それは表情やしぐさに溢れ出ている。
その上、逢月も水谷への信頼が……――
ぞくりと背中に悪寒を感じて、思考がぴたりと停止。
「お前、今何考えてた?」
地獄からの使者のごとく、地を這うような海の言葉に俺はこいつと来たことを後悔した。
盛り上がりに欠けても一人でくればよかった……
「なんでもねー。それより、あいつらそろそろ帰るぞ。ほら」
逢月が何やら竹の上空を指さし、水谷に何か告げている。
水谷は笑いながら逢月からピンク色の短冊を受け取ると笹へと結び、続いてその隣に水色の短冊をも結んだ。
そしてやがて二人は仲睦まじく、俺たちがいる方向とは反対側へと消えていった。
助かったって、マジで……
「おい、行くぞ」
「は?」
海は何を急にやる気になったのか、足早に大股で短冊の元へと向かっていくので俺は付いていく。
「あぁ、それか……」
数秒後エントランスに着き、俺は海の行動に納得できた。
どうやら海は逢月の短冊を見たかったらしい。真っ先にあのピンクの短冊を手に取ると読み始めた。
おい、人の願い事なんて興味なかったんじゃねーのかよ。
「なんて書いてあったんだ?」
「……桜柄の浴衣が欲しいそうだ」
海はそうつぶやくと、スマホを取り出し操作すると耳へと当てた。
おそらく凛へと電話だろう。老舗呉服屋だからな、あそこの家。
桜柄の浴衣なんていっぱいあるだろう。比較的メジャーな柄だしな。
きっと頭の先から足先まで、すべて海が選んで何らかの理由つけて逢月へとプレゼントするんだろう。
その行動力違うことに移せ。
そうすれば少なくてもこんなストーカーじみたことをしなくて済むぞ?