第四話 見知らぬ人
「どう?一人暮らしは」
「え……」
思わぬ質問のせいで指先に力が入り、シャープペンの芯が折れてしまった。
みくはそんな私のささいな動揺に気付かず、机の上に置いてあったポーチから鏡を取り出すと髪を直し始める。
「昨日からでしょ?おじさん達海外行ったのって。いいよな〜、一人暮らし。アタシなんて、もう高二なのにまだ姉ちゃんと同じ部屋だよ」
正確には一人じゃなく、二人なんです。
しかも、同居人があの在原海なんて言えない。
「今度桜音の家に押し掛けようかな〜」
「それはダメ!!」
突然の大声にクラスメイトの視線が一気に私に集中した。
目の前のみくに関しては、目を大きく見開いて驚いている。
だって急に来られたら、いろいろまずいんだってば。
「珍しい。あんたが大声出すなんて」
「ごめん。だって急に来たらお茶菓子とか出せないし、部屋も散らかってたりするし……」
しどろもどろな返事しかできない。
「別に気使わなくてもいいのに」
「でもほら、私出掛けていないかもしれないじゃない?そしたら、みくに悪いじゃん」
「あ〜、そっか。すれ違ったら嫌だもんな」
「それじゃ、職員室行ってくるね」
書き上げたプリントをひらひらと揺らし、ボロが出る前にその場を後にした。
はぁ〜、アドリブ上手くなりたい。
ここの展示物変わったんだ。
壁に飾られている見たことのない展示物に思わず興味がわく。
これ見るの密かに楽しみなんだよね。
昇降口から二階にある職員室に繋がる廊下には絵や写真、書道が飾られている。
それらは各部の生徒の作品で、中には賞を貰っている作品もあるそうだ。
『太陽』
それを一目見て、思わず目を奪われてしまった。
青空の下三・四歳ぐらいの女の子が、顔より大きいひまわりを持って嬉しそうに笑っている写真。
タイトルの通り、こっちまで暖かくなってつい笑みが浮かぶ。
くさかべかおりって読むのかな?
写真の下には、太陽というタイトルと日下部香織という名前が書かれている。
「おい」
――え?
ふとその声の主を見て、思わず固まってしまう。
坊主頭の短い髪の毛を金色に染めあげた男が立っていたのだ。
制服は着崩され、耳にはピアスがいっぱいついている。
その上涼達ほどではないが、高い身長と低い声もあって余計威圧感を感じてしまう。
この人絶対、生徒指導室常習犯だ。
「お前――」
その男が一歩踏み出すか踏み出さないかのうちに、私はダッシュで逃げだそうとしたが失敗してしまった。
人は見かけじゃないっていうけど、怖いもんは怖いもん。
「待てよ」
腕を捕まえられてしまい、逃げるに逃げられなくなってしまった。
何なの!?知り合いじゃないよね!?
「驚かせたなら悪い、あやまる。ちょっと聞きたい事があったんだ」
その人は私の腕を離すと、頭に手をやってガシガシと短い髪をかき始めた。
「な、なんですか?」
思わず身構える。一体、私に何を聞きたいんだろう。
「なんであの写真見て動かなかったんだ?」
「ただあの写真が気に入ったからですけど」
そんな事を聞くためにわざわざ声をかけたなんて、余程気になったのだろう。
「へ〜、アレをね。お前、名前は?」
「逢月桜音です」
「逢月――ああ、お前が」
数秒顎に手を当て動かなくなったと思うと、ニヤリと笑いポケットから何かを取り差し出してきた。
「やる」
その貰い物の意図が分からず、思わず首をかしげてしまう。
だってそれは、各校の写真部が集まってやる展示会のチケットだったから。
「今日の四時に会場前に来い」