Sweet×sweet×honey ~お邪魔虫は突然に~ 後編
「――いい加減に帰れ!!元々は、お前らが悪いんだろ!?前回言ったよな?バイトと遊びセーブして勉強しろって」
『しょうがないだろうが。追試になっちまったもんは。こっちもお邪魔虫なの重々承知だ。だから、勉強が終わったらさっさと帰るからよ~。な?頼むよ、海』
「いや、わかってない。いいか?桜音との時間は俺にとって至福の時間なんだ。俺の癒しを奪うな」
寝室に備え付けてあるドアホンの前で海が口論していた。
ハンズフリーにしているのか、海は腕を組みながら目をつり上げて画面を見ている。
日下部君も来てるんだ……
相手の声が割れて耳に届く。
どうやらみくは今回も日下部君と一緒に来たみたい。
あの二人いつも顔を合わせるたびに口喧嘩する犬猿の仲だけど、こういう時はタッグを組む。
なんだか、仲が良いのか悪いのかわからないのよね。
海の居場所は扉越しに海の声が聞こえたため、すぐに特定出来たんだけど、でもまさかここまでヒートアップしているなんて思ってもみなかった。
だって、扉をノックして声をかけても海ったら気づかないんだよ?
普段の海ならありえないもん。
でも、海にお願いしないと!!しかし、本当にみくの言う通りで大丈夫なのかな?
私はみくにある作戦を告げたんだけど、それがちょっと微妙なもの。
こんなんで海が言うこと聞いてくれるかわからない内容だ。
普通にお願した方がいいような気がするんだけど――
「ねぇ、か……じゃなかった。旦那様」
くいくいっと海の服の裾を軽く引っ張りながら、彼を呼ぶ。
すると海はブリキのおもちゃのような動きで首をひねると、こちらを見つめた。
彼の大きな瞳はいつも以上に開かれ、大きく瞬きをしている。
「さ、さく、さ…くら…ね……い、い…ま……」
ほら、みくってばやっぱりおかしかったじゃん。
旦那様って言えって。
なんだかんだ疑問に思う事はあるけど、それでもちょっとだけ新婚さん気分なのは内緒。
「旦那様、お願いがあるの」
「お、俺か?俺だよな?俺しかいないよな?っうか、俺以外認めない!!」
私は海の問い掛けに首を縦に動かした。
するとなぜかしばらく固まったかと思うと急に顔が真っ赤になり、
「旦那……旦那……旦那……」とぶつぶつとまるで呪文のように呟きはじめた。
その様子を見ながらえ~と、大丈夫かな?と思っていると、海が急に私の事を引き寄せると抱きしめ始めてしまう。
「旦那!!ああ、なんて良い響きなんだ!!」
ぎゅぎゅうっと抱きしめられながら頬ずりされ、私はちょっと嬉しくなった。
だって、海も私と同じで新婚さん気分味わってるんだなぁって。
海との未来はまだまだ先だけど、いつか結婚出来ればいいなって思う。
その時までいーっぱい二人で思い出作って、笑いあって……もちろん、きっといろんな事もあるけど、その時は二人で乗り越えて行きたい。
私は海の背に手を回し、ぎゅっと強く抱きしめた。
「旦那様、大好き」
「あぁ、なんでこんなに可愛いんだ!?俺の妻は!!」
妻って良い響きだなぁ。
新婚さんってこういう気分なのかな~。と浸っていると、第三者の声で冷静にさせられた。
『――っうか、そこのバカップル。その辺で新婚さんごっこ辞めてくれない?こっち放置だし、それにうちら追試がかかってんのよ?』
「えっ、あ、ごめんなさいっ!!」
すぐに海から離れようとしたけど、海が離してくれなくて出来なかった。
そうだった。海、ハンズフリーボタンおしてたんだっけ……
「帰れ、お邪魔虫」
『はぁ!?ちょっと、そこの頭に花が咲いている桜音バカ聞きなさい。アタシのおかげで桜音の旦那様が聞けたでしょ?これであんたしばらく妄想出来ると思うから、これで貸しにして勉強教えなさいよ。ねぇー、桜音。一緒に進級したいよね~』
「うんっ!!」
駄目もと覚悟で私も一緒にお願いしてみよう。
二人でお願いすれば、この前みたいになんとかなるかもしれないもん。
「ねぇ、海。お願い。みくに勉強教えてあげて欲しいの。ダメ?」
「……仕方ない、今回だけ特別だぞ。だが、そのかわり四時までだ。それ以降は桜音といちゃつく」
『マジで!?ありがと、助かるわ』
「ありがとう、海っ!!」
「じゃあ開けるから、佐々木だけ入れ」
これで一応一安心と思った瞬間、画面が全て肌色の変わってしまう。
『ちょっと待て!!海、俺を見捨てるのか!俺とお前の仲じゃないのか!?っうか、逢月お前も俺の事忘れてただろ!!』
く、日下部君……
どうやらそれは、忘れ去られていた日下部君のアップだった。
*
*
*
なんだか、この二人似てるなぁ……
フローリングの上に眠っているみくと日下部君を見て、つい微笑ましくなってしまう。
この二人、海からの特訓が終わった後すぐに寝てしまったのだ。
きっと疲れたのかも。
寒さは感じないがフローリングの上なので、ブランケットを二人にかけてあげると静かに離れた。
「こいつら俺達が結婚しても、こっちの都合構わず勝手に押しかけてきそうだよな」
テーブルの上に乱雑に並べられた教科書などと一緒に置かれたマグカップ。
それらを回収している海の元へ行くと、彼はそう口にした。
「ん?そうだね。でも、今回みたいに二人一緒にはないんじゃないかな?みくと日下部くんって、追試っていう共通点以外普段は犬猿の仲だし」
「どうかな。この二人以外と合うような気がする」
「え~、まさか。この二人が?それはないと思うよ」
そんな事、全然想像出来ない。
だって、いつも顔を合わせると二人で口喧嘩してるんだよ?
この間だって、三人で映画に行っても意見が真っ二つだったし。
「だよな」
「そうだよ~」
二人共顔を合わせてクスクスと笑いあった。
……なんてこの時は笑っていたけど、私達はこれから何度も日下部君とその未来の奥さま――みくの突撃訪問を受けることになる。
それは、この時笑い話だと思っていた私達にはまだ知らないお話。