番外編 ☆Happy Halloween☆ 後編
「か、海っ!!少し落ち着こうっ!!」
私は両手でそれを持ち、顔を隠しながら日本史Bと書かれたそれ越しに彼を説得していた。
こんなんじゃ防ぎきれないのは分かっている。でも唯一の防御がこれしかない。
だが、これが私を守ってくれる可能性はゼロに等しい。
これは、ちょうどリビングのテーブルの上にあった日本史Bの教科書。
今日の日本史の授業でちょうど課題が出てたので、つい数分前までそこでやっていたのだ。
「俺は落ち着いてるぞ。むしろ落ち着いてないのは、桜音の方だろ?」
大好きな彼氏の声が近づいてくるのに、私はなんとか彼と距離感を一定に保とうと、足を後方へと少しずつ進めて行く。
視線は絶対に海の顔を見る事は出来ない。
たとえ大好きな人でもだ。
もう気分はホラー映画の主人公。
確実にゆっくりと追い詰められていく――
「うぅ……みくのばかーっ!!なんでくじの中身を入れ変えたりするのよ!?」
後で電話で文句言いまくってるんだからっ!!
私はうらめしく、右斜め方向に視線を移した。
そこにはリビングに設置されてある黒い長方形のテーブルがあった。
テーブルの上には、マグカップが2つとパンプキンパイがのっている真っ白い皿が2つ。
その他にも、ノートとペンケースなどいろいろのっている。
私が睨んでいる先は、そのテーブルじゃなく、下にある鞄。
携帯はその中に入っているため、今すぐ文句を言いたいが、かけることはできない。
「何言ってんだ?これは桜音の字だ。俺が桜音の字を間違えるはずないじゃないか」
「それ明らかに違うよ。私斜めに字かかないもん」
そう言いながら教科書から顔を覗かせると、海は右手に持った苺型のメモ帳を見つめていた。
もう片方の左手にはキャラクターの描かれた缶が持たれている。
そう。全ての元凶はアレだ――
「いや、これは今日だけ桜音の字に見える。明日からは佐々木の字に見えるけどな」
「やっぱ、私の字じゃないってわかってるじゃんか!!」
おかしいと思ったんだ。海は私の字知ってるもん。
それに補習になるたび、海のマンションに押し掛けてくるみくと日下部君に勉強教えているから、みくの字も知ってるはずだし。
「だからそれは無効なのっ!!」
私は海が手にしているそれを指さしながら告げた。
アレは休み時間に私が作っていた『ハロウィンくじ』
案の定、私の想像通り、海はお菓子を持ってなかった。
でも「海に悪戯出来る~」って喜んだのもつかの間。
なんと海が引いたくじは、「キス100回」という作成した本人が驚愕するような内容だったのだ。
あとはいつもの通り。
顔を綻ばせながら喜ぶ海と青ざめる私の図。
我にかえり、慌てて苺型のメモ帳を海から奪ってみるとなんとその字はみくの字。
考えられる事は、ただ一つ。みくが中身を入れ替えたのだ。
たぶん、私が翠ちゃんに呼ばれた時。あの時私が席を外したから……
も~。みくもみくだけど、海も海だよ。
私の字じゃないって知っているくせに。
「キス100回なんておかしいよな」
「うん、うん。おかしいよね」
「あぁ。どう考えたって足りないだろ」
「た、足りない!?いや、どう考えても多いでしょ!?――……って違う!!論点ずれてる。だからそもそも私の字じゃないの。それはみくの字だからくじは無効なんだってば!!」
「他の悪戯の内容はなんだろうな?」
「ねぇ、海。人の聞いてる!?私が書いたのは『3分間くすぐられる刑』とか『何かモノマネをする刑』なんだけど!?」
海は私の話に耳を傾けず、缶の中にあるメモ帳を次から次へと取り出し広げていく。
「え~と、これはハグ10分間。こっちは桜音の好きな所を全部言う。なんだ、こんなの悪戯じゃないだろ。日常だ。で?他には――……あ。これ良いな」
何か気に入ったのがあったのか、海が私の前に苺型のメモ帳を差し出した。
そこには、黒インクで『桜音を好きにしていいよ』とくっきりと書かれている。
「もうそれ海に対しての悪戯じゃなくて、私に対しての悪戯じゃん!!」
「桜音どれがいい?」
「だから何度も言っているけど、くじは無効なのっ!!」
「そうか、全部か~。わかった。じゃあ、残りも開けてみよう」
「人の話聞いてーっ!!」
そんな私の叫びは、すっかり盛り上がってしまっている海にスルーされてしまう。
結局その後、私は海にすべてその刑を実行されたしまったのは言うまでもない。