もう一つの合鍵をキミに 2
――あ。でも機嫌は直ってるみたい。
海は私の首すじ辺りに顔をうずめ、ぎゅっと抱きしめている。
わずかに見えるその様子から、その表情はいつもの海みたいに思う。
「逢月さん、ありがとう。これで海の機嫌良くなるよ~」
「ほんと。助かったよ、逢月さん」
海のクラスメイトと思われる男の子達に声をかけられるけど、お礼を言われる理由が見つからない。
っていうか、助かったって?
その疑問は、同じ部活のあんなちゃんの言葉が解決してくれた。
「元はと言えば、あんた達がクッキー食べたのが悪いんでしょ?せっかく在原くんが、桜音の誕生日に手作りクッキー作ったのに」
腰に手をあて、あんなちゃんはため息を吐きながら、さっき私にお礼を言った男の子達を見ている。
「いや、だってさ、まさか海が作るなんて思うわけないじゃん!!」
「そうそう。それに海の机の上に置いてあるものや、ゲタ箱に入っている手作り系は食べていいって暗黙の了解があるしさ」
あ~。もしかしてあの話かも。
私には思い当たる事があった。
海が誰にも手作りは貰わないって話は有名。
付き合う前から知ってたけど、その事かもしれない。
渡されたら断るし、勝手に机の上に置かれたり、ゲタ箱に入っているやつは自由に食べていいんだって。
みんなそれをわかってるけど、もしかして食べてくれるかもっていう想いがあるので置いていく。
その気持ちは私には痛いほどわかる。
気まぐれで食べてくれるかもしれないって思うんだよね。
海に片思い中に机の上に置いて貰ったことがあるもん。
「でも逢月さん、食べなくて正解だったって~。あれ、すっげぇマズイから」
「マズイって何だ!!旨いに決まってるだろ!!」
今までずっと黙っていた海は、眉をあげながら口を開く。
「いや。お前あれ旨いって感じるなんて、味覚やばいって……。なぁ、田中」
「あぁ。ちょっとあれは酷い」
「それは、たまたまお前らの味覚に合わないだけだろ。ちゃんと旨いって言ったぞ?日下部は」
みんなの視線は、こっそり逃げようとしている日下部君の背中に注がれる。
あ~。日下部君お菓子も作れるもんね。
見た目とは違って料理もするし。
「お前っ!!」
逃げる日下部君に対して、海の怒鳴り声が降り注ぐ。
日下部君はそれに、大きい背中をビクつかせたかと思うと、ゆっくりとこちらを振り向いた。
「だってしょうがないだろ、何回教えてもお前上達しなかったじゃんかよ。しかも、失敗したやつ俺に寄こすし!!大体どうしたらあんなに不味く作れるのか、俺には理解出来ない」
「そんなにマズイ物を、俺の桜音に食わせようとしたのか!?」
「食わせようとしたのは、お前だろ。大体味見ぐらい自分でしろっての。それに、元々はお前が作った物だろうが!!」
とりあえず、海のクッキーがおいしくないって事はわかった。
一見完璧な海だけど、料理関係は全く駄目。
海、お菓子作りも苦手だったんだ~。
「そもそも水谷に張り合ってクッキーなんて作るから悪いんじゃねぇか!!」
「俺のせいか!?」
「他に誰がいるんだっうの。無難にお前が三ヶ月かけて選んだプレゼントだけにしておけばいいんだよ!!それなのに、オプションでクッキーなんてつけるから駄目なんだろ!!お前自分でも料理も菓子作りも壊滅的に駄目な事知ってるくせに」
「……だって桜音が、毎年チョコチップクッキーを美味しいって食べているから。だから俺もチョコチップクッキーを作ったんだ」
たしかに私が涼に毎年プレゼントと一緒に貰うのは、チョコチップクッキー。
海、もしかして涼に聞いたのかな?なんてことを思ってると、「えっ」という声が耳に入っていた。
「あれチョコチップクッキーだったのか!?」
田中君達の重なった叫びに対し、海は鋭い視線で突き刺す。
すると彼らは震えあがり、日下部君の陰に隠れ「逢月さんっ!!」と私に助けを求めてきた。