第三話 今日からよろしくな
「大変、涼が来ちゃったの!!」
リビングに戻ると在原は、長い足を組みソファにもたれながらテレビを見ていた。
「良かったじゃん。お前の大好きな涼が来て」
すっかりリラックスモードの彼は焦ることなく、なんなりと会話を終了させた。
なぜそんな落ち着いちゃってるのよ。しかもなぜか大好きなの所だけ協調されたような……
「だから少しの間だけ隠れて」
「別にいいじゃん」
いやダメでしょ。バレるって。
まだ機嫌が悪いのか視線はずっと画面を見て、一向にこっちを見てくれない。
「お願いだから」
座っている在原の腕をとり、引っ張ってみるがやっぱり動かない。
あまり接点がない在原が居たら、絶対涼だって不審に思う。
「桜音〜?」
やばい。早くなんとかしなくちゃ。
「呼んでいるぞ」
いちいち言われなくてもわかってるよ。
はっきりと玄関から涼の声が聞こえたんだから。
なんとか機嫌を戻してもらって、さっさと隠れて貰わなければ。
……というか、そもそもどうして機嫌悪くなったんだっけ?
千里ちゃんを庇ったから?ううん、違う。たしか名前で呼ぶのを拒否したから。
そんなに名前で呼ぶって重要なのかな。
「海、お願い」
試しに呼んでみると効果があったようで、肩をピクッと動かしこっちを見てきた。
さっきまでテレビ画面しか映し出されていなかったダークブラウンの瞳に私が映し出される。
えっ、こんな簡単でいいの!?
「早めに追い帰せよ」
在原はソファからゆっくりと腰を上げた。
「俺言ったよな。早めに帰せって」
「ごめんなさい」
すっかり忘れてしまっていた。彼の存在を。
あれから数時間涼と長話を続けてしまった。
だって話したい事がいっぱいあるんだもん。まだ話し足りないぐらいだけど。
少し落ち着いてから思ったんだけど、別にリビングじゃなくて私の部屋でも良かったんだよね。
そしたら、海も隠れなくてすんだし。
「あと誰か確認しないですぐ開けるな」
「はい」
「危ないだろ」
「はい」
「ちゃんとドアホンで誰か確かめる事。わかったか?」
「はい」
なんとか涼を帰しリビングへ戻ると、有無を言わさずソファに座らせられ眉間に皺を寄せた海に注意をくらっている。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」
両手を顔の前で合わせ頼んだ。
システムキッチンのとこに隠れるのはキツかったよね。床冷たいし。
「今度から気をつけろよ」
「はい」
一緒に暮らすからには、それなりに気をつけなきゃどこでボロが出るかわからない。
海のいう通り今度から、気を付かなければ。
「さて、そろそろ夕飯作ろうっと」
やっと解放された私は、両手を天上まで高く上げ背を伸ばした。
「買い物はしなくていいのか?」
「うん。おばさんに煮物貰ったし。冷蔵庫にまだ材料あるし」
夕飯作るのと一緒にお弁当の下ごしらえもしておこうっと。
「海ってお弁当派?学食派?」
「作ってくれるのか」
「うん。一人作るのも、二人作るのも一緒だし」
予備のお弁当箱ってお母さん何処においたんだろう。
「桜音」
「ん?」
呼ばれた方向を振り向くと、はにかんだ海がいた。
あどけない笑顔。こんな顔するんだ。
窓からオレンジ色の光が差し込んできて眩しい。
「今日からよろしくな」
「こっちこそよろしくね」
こうして私と海の同居は始った――