不安
ー1ー やや黄色がかった豪華な一室。
その部屋にある豪華な机には、目の前の女の資料が綺麗に並べられている。
手元の資料を見ながら、これまた豪華な椅子に座った男が少し苦笑しながら言う。
「えーと、座ったらどうかな、茜原さん」
このデスクの前にはパイプ椅子が置かれているのだが、この女、茜原巴は立ったまま動く素振りが見えない。
猫背に髪はボサボサ、顔は髪に隠れ、読み取れる顔面情報は意外にもぱっちりした目と、額から右頬にかけた抉れた細めの傷だけである。
一見するとただの浮浪者だが、この僕は彼女がそんな程度のものじゃないない事を知っている。
そう、なぜなら彼女はーーーー
「ん、ごめん寝てた」
「よく寝れたね!まあそうだと思ってたけどさ!」
見かけによっちゃう人もいる。
「失礼、追い出しましょうか?」
脇に控えてイライラしていた僕の秘書、真野さんが無感情な声で言った。
真野さんってキレると冷静になるんだなって思いながらも僕は、
「いやいや落ち着いて、まだ、彼女はこの案件の重要性について戸惑っているだけじゃ」
「戸惑ってなんかいない」
と、必死に止めようと思ったが、茜原さんの声で被せられた。
「ローレン・メディッチ。あなたのこの依頼は間違いなくこの社会を混乱に叩き落す」
この僕ーローレン・メディッチに鋭い視線が突き刺さる。
真野さんが殺気を発したが、手で制し、僕は茜原さんを真っ向から見つめ返す。
「違いますよ茜原さん」
すっと立ち上がるローレン。それに対し巴はあくまでも自然体。少しずつ距離が縮まっていく。
「これは確実に世界を平和に変える。あなたの協力が必要なんです」
向かい合う二人。僕はいつものように笑顔を浮かべて言う。
「一緒にこの世界を変えましょう」
もっとも、巴には彼の笑顔が薄っぺらな仮面のようにしか見えなかったが。




