閑話 闘技大会
大変長らくお待たせしました。
皆様、ご心配お掛けして申し訳ありませんでした。
不定期ですが、再開いたします。
これはヤヒコ達がサイリュートに向かう少し前のこと。
その日、地竜レィエルディスは《始まりの町》をうろついていた。
槐の店に自分の鱗を売りに行き、そこでたまたま行き合ったヤヒコを荷物持ちにして大好物の果物をはじめとした飲食物を買い込んでいたのである。
「レィエルディスさん、そろそろ自分用のアイテムボックスを買ったらどうですか?」
度々荷物持ちをせがまれるヤヒコは、少々うんざりした顔で地竜に提案するが、
「うむ、それは考えているのだがな……」
地竜のほうはと言うと、露店から適当に焼き鳥だのたこ焼きだのを買っては頬張りつつ、
「なかなか金が貯まらんのでな、また今度な」
適当に流していた。
「お金が貯まらないのは、そうやって買い食いばっかりするからじゃないですかね……」
「仕方ないだろう。食事は大事だ」
ヤヒコの小言を聞き流しつつ、地竜は次なる食物を購入せんと辺りを見回す。すると、とある飲食店の外壁に見慣れない張り紙がしてあるのに気がついた。
「む?」
「どうしたんですか?」
地竜はその張り紙をまじまじと見つめる。
「とうぎたいかい? ……なんだこれは」
「ああ、そういえば……」
『第三回《始まりの町》自治会主催闘技大会! 入賞者には豪華景品をプレゼント!
一位 ミスリル製エンチャント武器+賞金100万ゴル
二位 自治会特選スイーツ盛り合わせ+賞金50万ゴル
三位 身代わりの指輪+賞金30万ゴル……』
「確か、今日やるってエリンさんが言ってたなあ」
「…………すいーつ」
「は?」
「スイーツ盛り合わせ……しかも賞金まで! ヤヒコ! 我も出場するぞ!」
「えっ」
「会場はどこだ!? 待っていろ美味い物!」
「ちょ、待ってください、レィエルディスさーーん!」
ヤヒコを置き去りにし、地竜は爆走した。
《始まりの町》近郊の草原に設置された闘技大会特設会場にて。
白猫料理店のウェイトレスであるサーシャは困惑していた。
彼女は本日、所属ギルドのマスターが《始まりの町》自治会の会長を務めている関係で、他のギルドメンバーと共に自治会が主催する闘技大会の受付を任されていた。
そんな彼女の目の前には、血走った眼をした男がひとり。彼は重々しく口を開くとこう言った。
「我もこの大会に参加する。良いな?」
「……えーっとですね……」
男――地竜は射殺さんばかりの視線でサーシャを見つめている。
この大会はプレイヤー主催のイベントと言うことで、彼のようなNPCの参加を想定していない。だが、それをどう見ても冷静ではない彼に言ったら、一体どんな騒ぎになるかわからない。相手はとんでもなく強力なNPCである。ここで暴れられたらイベントが台無しになってしまうだろう。
「……予選Bブロックへどうぞ」
彼女は結局、地竜の参加を食い止めることができなかった。
「この日を待ってたぜ……」
黒狼は愛用の大剣を背中の鞘から抜いた。
彼は日頃のむしゃくしゃを解消すべく、闘技大会に参加していたのだ。
「目指すは一位! 武器の種類は選べるみたいだし、俺の武器コレクションを増やすいい機会だな!」
「団長、あんまり暴れすぎないで下さいよ……?」
隣にいるアルトは溜息をついた。隙あらば暴れようとする黒狼のストッパーとして、彼も参加することにしたのだ。しかし、ただでさえ喧嘩好きなうえに、賞品がレア武器であることで、黒狼の武器コレクター魂にまで火がついてしまって正直なところ手が付けられない状態であった。
『まもなく闘技大会予選Bブロック開戦です。各選手は準備をお願いします』
アナウンスが会場に響く。
予選はバトルロワイヤル形式で、A~Fブロックに分かれて行われる。各ブロック二名が本選へ進むことができる。
「まー、とにかく全員ぶったおしちまえば問題ないよな!」
「まったく……」
黒狼達をはじめとするBブロックの選手たちは各々戦闘の構えをとる。
『それでは、はじめ!』
「よっしゃー! やるぜ――きゃん!」
「だ、団長ぉーー!?」
「はあ、はあ、レィエルディスさん、どこいったんだ……」
ヤヒコはへとへとだった。
なにしろ、会場にはスタッフに選手に見物客、それを相手に商売する者達をあわせて千人以上がひしめき合っているのだ。
会場中を駆けずりまわり、かの地竜を見つけた時には、試合は残すところ決勝戦のみとなっていた。
「レィエルディスさーーん!」
「……おお、ヤヒコ! 応援に来てくれたのか!」
肝心の地竜は暢気にホットドッグなど食していた。
「探したんですよ! いきなり走って行っちゃうし……」
「ああ、すまんな。もうひとつあるからお前も食え」
「あ、ありがとうございます……」
地竜からホットドッグを受け取りながら溜息をつくヤヒコ。
「それで、レィエルディスさんはどこまで勝てたんですか?」
「うむ、これから決勝戦でな。我は必ずや優勝して、スイーツを手に入れるぞ」
「え? でも、スイーツ盛り合わせは二位の商品ですよ?」
「ぬ!?」
地竜はヤヒコが手にしたパンフレットを覗き込む。
「……確かにそのようだな。危ないところであった。礼を言うぞ、ヤヒコ」
「いや、別に……」
「つまり、次の試合でわざと負けるようにすれば、我は美味い物を食うことができるということだな」
「優勝してその賞金で食べ物買った方がいいのでは――」
「わざと負けるのはしゃくだが、これも豪華賞品のためだ、致し方ないな!」
「話聞いてないな……」
『まもなく決勝戦です。選手は入場ゲートまで来てください』
「そろそろ時間のようだな。それではまた後でな」
「えーっと……頑張ってください」
しばらくして試合会場に姿を現した二人の選手に、見物客たちは大いに沸いた。ヤヒコも会場を覗き込み――
「赤コーナーがレィエルディスさんで、青コーナーが……海竜の長さん!?」
地竜が決勝戦の会場に入ると、そこにはいつかイリーンベルグで見かけた瑠璃色の男がいた。
「貴様――海竜か」
地竜が問うと、瑠璃色の男――海竜の長はこくりと頷いた。
「我も竜、本当は貴様と戦いたいところだが、こちらにも都合というものがあってな。優勝はくれてやろう」
地竜の言葉にふるふると首を横に振る海竜の長。
「なっ……何が不満だというのだ、優勝だぞ!?」
海竜の長は懐からひらりと一枚の紙を取り出す。どうやら闘技大会のチラシのようだ。彼はその一点をびしっと指さす。
「……! 貴様、まさか……!」
たじろぐ地竜に、海竜の長は力強く頷いた。
「貴様の狙いも自治会特選スイーツ盛り合わせだというのか……!?」
海竜の長はチラシを懐にしまい、ファイティングポーズをとった。そして、くいっと人差し指を曲げる。明らかな挑発だった。
「ぬううう……駄目だ駄目だ駄目だ! そのスイーツは我のものなのだ! 渡さんぞ! 我が二位だ!」
地竜は己が力を開放し竜の姿となり、海竜の長に襲い掛かった。
第三回《始まりの町》自治会主催闘技大会は異例尽くしの大会であった。
まず、トッププレイヤー揃いの優勝候補たちが軒並み予選落ちしたこと。
そして決勝戦出場者が二人ともNPCであったこと。
極めつけは決勝戦の決着がつかず、優勝者が出なかったことである。
決勝戦で戦ったNPC二名の戦いは激しく、会場は大きく破壊され、観客達は観戦どころではなくなった。
しかも二人ともに竜種であり、決勝戦前までは人の姿で戦っていたのが、決勝戦では竜の姿で戦い始めたため、誰もその戦いを止めに入ることができず、結局彼等の望みの賞品である二位の賞品『自治会特選スイーツ盛り合わせ』を二人前用意することでやっと収拾がついたとのこと。
これに対し、プレイヤーのあいだでは『NPC強すぎワロタ』、『竜無双やばすぎ』と話題になり、一部では『NPCは闘技大会出禁にすべきでは』という意見も出ている。




