炎竜の鱗亭 ①いらっしゃいませ、お客様
やっとの思いでサイリュートに到着したヤヒコ一行。
しかし、息をつく暇もなくおかしな人物に絡まれてしまった。しかも彼――アルバはヤヒコ達と同道する気満々であった。
さて、サイリュートの門の中に入れたは良いものの、知己もなく、行くあてもないヤヒコは困っていた。アルバはといえば、どこに行こうとも何をしようとも言ってこず、行先をヤヒコに決めさせようとしているようだ。彼も実はこの町が初めてなのだろうか。
「……とりあえず、どこか落ち着ける場所でも探しましょうか」
「いいだろう。私も小腹が空いたところだ」
ヤヒコ達は外壁沿いに少し歩いてみる。すると門から少し歩いたところに、『炎竜の鱗亭』という釣り看板があるのが見えた。近づいて良く見てみると、看板には赤く透き通った菱形に近いものがつけられている。本物の鱗なのだろうか?
一見普通の民家のようだが、扉の横に『今日のおすすめメニュー』などと書かれた小さな黒板が立てられている。少なくとも飲食店ではあるらしい。
「喫茶店っぽいですね。入ってみます?」
「私は構わん」
「んじゃ、お邪魔しまーす」
ヤヒコが扉を開けると、チリンとドアベルが鳴り――
人が倒れていた。
「へ!? ちょ、ちょっと、大丈夫ですか!?」
ヤヒコは慌てて駆け寄り、人――青年を抱え起こす。どうやらプレイヤーのようだ。
焦げ茶色の髪の彼は、ヤヒコが軽く数回揺さぶると髪と同じ色の目をうっすらと開けた。その口から、擦れた声が漏れる。
「…………あれ……? ひとが……ひとがみえる……」
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
「……ゆめ……? そっか……おきゃくさんがきたゆめなんだ……きっと…………」
再び目を閉じようとする青年を、ヤヒコは慌てて再び揺さぶった。
「いやいやいや、普通に俺達客ですから!」
それを聞いた青年は目をカッと見開き、がしっとヤヒコの手を両手でつかんでがばりと上半身を起こす。
「お客さん!? お客さんなんですか!?」
「そ、そうですけど……って、店員さんなんですか!?」
「良かった……もう10日も誰も来なくて……! いらっしゃいませ……!」
そう言って彼は滂沱した。
「改めまして、私、この店のオーナー兼店長兼その他諸々のカーナと申します」
ヤヒコ達を席に座らせ、お冷を出し、青年は自己紹介を始めた。
「今日も来なかったらもうキャラ削除しようかと思ってたところでした! 本当に良かった……!」
「いや、削除とかの前に、店の場所変えるとか、別の町に行くとか、色々できることありますよね……?」
ヤヒコがつっこむ。
「だって、誰も来ないから店の中を掃除するくらいしかすることなくてっ……! ずっと一人ぼっちで店の床磨いてて寂しくってっ……!」
再び泣き崩れるカーナ。確かに店の中はどこも塵ひとつない、実に清潔な状態であった。
「何故客が来ないのか、原因は判らないのかね?」
眼鏡の位置を直しつつ、アルバが問う。
「……多分、店の位置が悪いんだと思います」
沈んだ表情でカーナが語りだす。
「この店は、最初は門を出た先まっすぐにある表通りにあったんです。その頃は客の入りもそこそこありました。でも、炎竜が町に攻めてきたときに店が焼かれてしまって……。個人営業で資金もそんなになかった私には、もう一度表通りに店を建てることができず、仕方なくこの場所を借りたんですが……」
「お客が皆表通りの店に行ってしまう、と。そういうことですか?」
「はい……。あと、炎竜の襲撃後、店の名前が不吉だとか言われたりもしました」
ずーんと沈み込んでしまうカーナ。
「……それだ」
アルバの眼鏡が光る。
「その暗くじめじめした態度が客を遠ざけているのだ!」
「ええっ、でも……」
「アルバさん、それは言い過ぎでは……」
カーナの泣き言とヤヒコの制止を一蹴し、アルバはがたん、と勢いよく立ち上がった。そしてびしっとカーナを指さす。
「貴様には努力が足りない!」
「そんな……!」
「何故もっと目立とうという努力をしないのかね!? 店が見つからなければ客が来ないのは当然だろう! もっと目立つところに看板を置くなり! チラシを張るなり配るなり! 色々対策はあるだろう!」
「うううっ……」
「大体ここは飲食店なのだろう? 肝心の料理の腕のほうはどうなのだ。カーナとやら、適当にメニューをいくつか作ってみろ」
そういうと、アルバは腕を組んで腰を下ろした。カーナは茫然としている。
一方、ヤヒコはドン引きしていた。いきなり見ず知らずの店に来て、何で説教はじめてんの、とか考えていた。いつもは煩い白銀も黙りこくってしまっている。壺の中の鯛子も静かになっているし、福助はポケットの中で震えている。さっきのアルバの剣幕が怖かったのだろうか。
「……どうした、客が来ないうちに料理も忘れてしまったのかね?」
「ひゃ、ひゃい! ただ今お作りします……!」
カーナは慌てて厨房へと走っていった。
しばらくして出てきた料理は、
「……普通、だな」
そう、至って普通の味だった。普通に美味しい。しかし、これといって特徴があるわけでもなく、特に美味しいと感じるものでもない。
「この味では、足を延ばしてまで通おうとする客はいないだろうな」
アルバは早速辛口評価を飛ばして、カーナを泣かせていた。
「貴様は客が来ないうちにもっと料理を練習しろ。このままでは客を呼んでも逃げてしまうぞ」
「ぐすっ……はい……」
「料理がある程度美味くなったら、集客は我々が協力してやろう」
「本当ですか!?」
「まずは味をどうにかしたまえ。話はそれからだ」
「あ、ありがとうございますううう」
再び泣き崩れるカーナ。この男、泣いてばかりである。
そんな中、ヤヒコはひそひそとアルバに話しかける。
「あ、あの、アルバさん。我々って……」
「無論、我々だが」
「いや、えっと、まさか俺達も人数に入ってるんですか……?」
「もちろんだが」
「ちょっと待ってください、何で急に俺達が……」
「燃やされたいのかね、君は」
「ええーー!?」
「民が真剣に困っているというのに、手を貸さないのは外道だぞ」
「た、たみ……?」
「あの男……カーナと言ったか、彼が料理を練習しているうちに、我々はチラシや看板の改善案を作るのだ。休んでいる暇はないぞ!」
アルバは早速店の外にあった黒板を持ってきて、何事か考え込んでいる。
カーナは厨房で何か調理しているようだ。
「どうしてこうなった……」
ヤヒコの呟きは、店内に虚しく響いた。




