再び《始まりの町》へ
浜辺には誰もいなかった。
「静かなもんだな……」
鯛子を腰の壺に入れ浜に上がり、ブーツの中の水を捨てながら、ヤヒコは呟いた。あの日は釣り人達が大勢集まってがやがやと騒々しかったものである。
たった数日だというのに、その後の騒動続きのせいですっかり遠い記憶となりつつあった。
「膝上いや、腿くらいまでのブーツが欲しいな……」
そうすれば、移動の度にいちいち靴の中がちゃぷちゃぷいうこともないはずだ。
《始まりの町》は現時点で唯一のプレイヤーズタウンである。
プレイヤーズタウンというのは、プレイヤー達が運営に関われる町のことである。他の町にもプレイヤーは進出できるが、基本的にはNPCの行政にNPCの店舗が並び、住民もNPCがほとんどだ。《始まりの町》にもNPCは住んでいるが、それは町の基礎的な部分、初心者用の装備を売る店や宿屋などのみで、ゲーム開始直後はそれくらいしか町の設備がなかったらしい。他の町に比べて低価格で土地が買えるため、店や工房や自宅を持ちたいプレイヤー達が集って開発し、現在の形となった。今もなお開発され続けているこの町は、この日も賑わっていた。
「あの時は全然暇なんてなかったけど、今日はじっくり回れるかな」
ヤヒコの目の前にあるのは町の案内板だ。大体の店の場所を把握しておこうというのである。
案内板の紹介によれば、ゲーム開始時からあった噴水広場――一番初めに降り立った場所だ――を中心に同心円状に町は広がっているらしい。町の大通りはその円に沿ったものと中心から8方位に向かって伸びるものがあり、噴水広場から北側には商店や工房、生産系ギルドの拠点が多く立ち並び、南側には個人や攻略系ギルドの拠点が多いらしい。というのは、噴水広場の噴水を挟んだ北側に店があり、南側に宿屋があったこと加え、開始当時の主な攻略場所が南方面だったことに因んでいるらしい。プレイヤー達が勝手放題に開発したにしては整っている。ある程度拓けたところで協定でもできたのかもしれない。
とりあえず町の中心部、噴水広場に行くことにした。
噴水広場は右往左往する初心者や、待ち合わせするプレイヤー、それらを目当てにした屋台などで溢れていた。
とりあえず、NPC店舗を覗いてみる。予算は……まずは初期配布の100ゴル。武器はこれで買えるものを自分で選ばせるため、初期配布に入っていないらしい。卵を売ってそのお金でもっといいものを、という気持ちもあるが、Wikiにレアだと書いてあったからといって、どの程度の値段でどれくらいの頻度で売れるかがわからないため、皮算用は避けたいところだ。売る先によっても値段は上下するだろうし、もう少し様子を見たい。
一番安い初心者用ローブが60ゴル、一番弱い杖が70ゴル。両方買うと足が出る。とりあえずは武器のほうだろうか。しかし、初心者向け地域と言えど、装備が破損していきなり裸になるのは御免被りたい。どうしたものだろうか。
一度店の外に出て考えようと、どこかの飲食店か屋台で一服しようとして思いとどまる。うっかりするところだった。これではどこぞのコピペのような事態になってしまう。
不意に肩を叩かれた。
ヤヒコが振り返ると、そこには全く会いたくない人物がいた。
「やっぱり。あの時の新人さんじゃない?」
「げっ」
鯛子を刺身にしようとした料理人だった。
日にちが空いて申し訳ありませんでした。
詳しくは割烹のほうでよろしくお願いします。